10月5日(土)夜
さて、引き続き、土曜日。
夜。
今夜は、近所の天ぷらや[みやこし]へ。
先日、連休のおかげか、一杯で行けなかったから、
という内儀(かみ)さんの希望。
この日記を見返してみると、
今年になっては行っていなかったようである。
天ぷらというとやはり、鮨よりも頻度は落ちる。
初春の白魚。
初夏の若鮎。
秋は、はぜ、といったことろが、季節のものであろうか。
昼すぎに内儀さんがTELで予約を入れておく。
ご近所でない方はご存知いないと思うが、「三筋」と、いうのは、
町名である。ミスジと読む。
毎度出しているが、三筋界隈江戸の地図。
現代の地図
より大きな地図で 台東区三筋 を表示
私の住む元浅草の南の町。
江戸の頃と、現代との最大の違いは、清洲橋通りと
春日通りの有無である。
春日通りは明治28年、清洲橋通りは関東大震災後にできている。
特に、震災後このあたりは防災上もあって、
細い路地が広げられ、江戸以来の区画が整理されている。
この界隈は明治以降金属加工を中心とした職人が多く住む街であったが、
三筋は、歌人の斉藤茂吉が住んでいたり、文人や医者も少なからず
住んでいる街であったようである。
今はというと、マンションも多く建っているが、まだ
一戸建ての家も多い、下町の住宅地?。
いや、住んでいる人々は会社勤めの普通のサラリーマンというよりは
工場なり、なんらか商売をしている家が多いのではなかろうか。
春日通りから細い通りを南に入ると、三筋湯という
私は入ったことはないが、建物は昔ながらの東京の銭湯建築。
[みやこし]はその先、右側。
白木の格子を開けて入る。
名乗って、カウンターの手前に座る。
お客さんはやはりカウンターに二組ほど。
ビールをもらって、
梅の定食、4,725円也。
お通しはもずく酢。
最初は、海老から。
塩で。
頭。
これも塩。
もう一匹は、天つゆで。
次は、いか。
ここのご主人は湯島の天庄の出身。
むろん、江戸前の天ぷらのこと、いかは、すみいか。
まだ小さくて、柔らかい。
天ぷらでも極上である。
きす。
(一口食べてしまった。)
はぜ。
そろそろはぜの季節。
宮城、松島のものだと教えられた。
東京湾やこの近所、隅田川でも釣れないことはないが、
もっともっと小さなものである。
お決まりの、この紙の上で揚げ箸でサクッと、切ってくれる穴子。
ホカホカで、格別にうまい。
今日の中では、さっきのすみいかの次にうまいのではなかろうか。
魚はここまで。
ここから、野菜。
茄子。
蓮根、アスパラ、小玉ねぎ。
以前は天ぷらといえば、魚に決まっているだろ!、
くらいに思っていたが、最近は野菜天も、とてもうまく感じるように
なってきた。
表面はカリッと揚がり、中は蒸らされてそれぞれのうまみが凝縮されている。
しじみの赤だし、お新香。
かき揚げは小柱。
まったく正しい、江戸前の天ぷら店である。
どれを取っても必要十分にうまい。
毎度書いているように、歩いて5〜6分のご近所にこの[みやこし]を
見つけて以来、たとえ有名店であっても他の天ぷらやに行く必要をまったく
感じなくなった。
まったく、よい天ぷらや、で、ある。
台東区三筋2-5-10 宮腰ビル1F
03-3864-7374