浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



ガパオライス・タイバジル

8月22日(土)夜

さて。

ガパオライス、で、ある。

ちょっと久しぶり。
このところ作っていなかった。
特にわけがあるわけではないが。

タイでももちろん食べられているのであろうが、
どちらかというと、日本のタイ料理やで流行っている
料理のよう。
日本人好みの味、なのであろう。
ともかくも、うまい。

鶏が基本のようだが、ひき肉に玉ねぎ、にんにくと
炒め、オイスターソースとナンプラーで味をつけ、
最後にバジル入れる。

ガパオというのは、タイのバジルの名前、という。

バジルは日本で出回っているのは、イタリアの
バジル、バジリコ。スイートバジルというもの。
苗も売っており、私も育てたことがある。
よく育つ。シソ科、メボウキ属、和名はメボウキ
(目箒)というよう。

正確には、タイのバジル、ガパオを使うべき、
なのであろう。スイートバジルよりもずっと
香りが強いという情報。

調べると、タイのバジルもガパオ以外にも
なん種類かあるようだが。

ガパオは和名カミメボウキ(神目箒)で、英語では
ホーリーバジル。種としては、スイートバジルと
やはりかなり近いといえそう。
神、とかホーリーとあるが、インドなどの在来
医療アーユルヴェーダなどで使われてきた、と
いうことがあるよう。

で、ガパオは手に入るであろうか。

調べるとわずかだが、流通はしているよう。
栽培されているのであろう。

そう、エスニック系の野菜を扱っているところ。
例えば、アメ横。アメ横センタービルの地下。
中国、東南アジア、インド系のスパイスやら
肉、魚、野菜など生鮮も扱っている。

私もよく知っている。
かなりディープなところ。

行ってみた。

探して、名前も書いていないのだが、
それらしいものを見つけて、買ってきてみた。
一袋、300円也。

あそこで、名前も、見た目もよくわからないものを
買うのは、かなり難易度が高い。
相手も、中国系が多いようだが、日本語が通じるのか、
通じないのか、それすらよくわからない人達。

それから、鶏ひき肉も。

帰宅。

これ。

名前はまったく書かれていない。
だが、ネット上の写真と見くらべてみると、
かなり、そのガパオに近いのではなかろうか。

葉っぱの見た目は、スイートバジルとは随分と
違うが。まあ、考えてみれば、紫蘇の類といいながら
紫蘇とも随分違う。
香りが強いのが唯一共通点のよう。

匂いをかいでみると、やはりスイートバジルに
近い香りだが、より強い。

これが、ガパオ、ホーリーバジル、神目帚である
可能性は高かそうだ。
いい感をしていた。

洗って、冷水につけておこう。
シャキッとさせたい。

ご飯は、先日のスパイスカレー用に炊いた、
タイ米が凍っている。

玉ねぎ1/4個、にんにく1片、みじん切り。

フライパンに油。
玉ねぎとにんにくから、炒める。

ある程度炒めて、鶏挽きも投入。

火を通し、さらに、よく油(脂)を出す。

ここにオイスターソースと、ナンプラー。

しっかり炒める。

味見。

軽く、塩胡椒。
OK。

最後に、肝心のガパオ。

あんなにあるが、まあ、数枚。

軽く炒めて、終了。

ご飯をレンジ加熱。

皿へ盛り付け。

出来上がり。

ビールを開けて、、、、

あ、レッドペッパーを忘れた。
ここで掛ければいいや。

ガパオ。これ、なんというのであろうか、
まあ、薬味?。
そんな感じ、なのであろう。

ガパオライスのガパオ、タイバジル。
なにか不思議な存在、で、ある。
日本人的感覚からすると、なかったら、なくても
ガパオライスは成立しそうである。
だが、名前から、入れる意味を知ると入れなければ
いけないとも思えてくる。
今回、本物のガパオを入れてもそれは変わらない。
どんなものであろうか。

 

 

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そば・神田まつや

8月21日(金)第一食

今日は、昨日の続き。

なにかというと、もちろん、すだちそば。
やはり、実際の店で食べてみなければ、
埒が明かぬ、と。

どこかというと、神田[まつや]。

どうも調べると、確認できた、すだちそばのある
そばやで拙亭から最も近いのは、ここのよう。
他にもあるのかもしれぬが、見つからなかった。

もちろん、皆さん、神田[まつや]はご存知、
で、あろう。

明治17年(1884年)創業。
大老舗。
池波先生御用達でも有名。
エッセイにも多く登場する。
もしかすると、この店をここまで有名にしたのは
他ならぬ池波正太郎氏だったのではないか、と
思わされるほどである。

と、そんなところに、新参者(?)の
すだちそばがあるとは、多少の驚きではあるが。

さて、今日も暑い。
最高気温32.8℃(12時25分)。

以前にも一度使ったが、タクシーだが、またまた、
GOエコノミーというので行ってみるか。
神田なら、600円くらいで行ける。
ようは、相乗り、で、安くしようということ
なのだが、以前使った時には私だけ。
これで、やっていけているのであろうか。

今回も、やっぱり私一人、600円台。
難なく着いた。

15時少し前。

店に向かって右側の戸から入る。
ここは右側が入口で、左が出口。
間違えてはいけない。

ウイークデーでこの時刻、さすがに空席もある。

お姐さんの、どちらでもぉ~~、というので、
目についた奥の卓に相席で掛ける。

さて、さて、すだちそば。
品書きを見る。

なるほど、壁などにも貼り紙があり、今の季節の
いちおし、のよう。

ただ、二種類ある。

すだちおろし、というのと、すだちかけ(冷・温)。
正確には三種、か。

最初なので、ノーマルな、すだちかけ、の冷やし、に
するのがよろしかろう。

だが、私はつけそばにしていたが、かけ、の
ようである。

お姐さんを呼んで、頼む。

ほどなく、きた。

お、ふた付。

よくそばの出前に器にかぶせてあるふた。
だが、もちろん、ここでふたを見るのは、初めて。
ピカピカで真新しい。もしかして、このためのもの?。
いや、その前になんのためのふた、なのか。
冷めないように、ではなく、温まらないため?。
出してすぐに食べるので、そんな心配はないと
思うが、、。なぜであろうか。

ともあれ、開けると。

ふたの裏に、名入り。流石。

そして、つゆにひたったそばの表面を覆い尽くすように
すだちの輪切りがびっしり。それも重ねられて。

箸をつける。

そばが、かなり、しっかり冷やされているのか
曲がった形のまま。

やはり、つゆの色は薄め。
薄口しょうゆ?、かどうかはわからぬが。

そして、これだけすだちで覆われているので、
香りはしっかり出ている。

とてもさわやか。
食感、のど越しも、心地よい。

つゆもそばも、かなり冷たく冷やされている。
おそらく、10℃を切っているはず。

つゆもうまい。

なんに近かろうか。
明らかに、東京のそばつゆではない。
しょうゆも立っていないし、甘味も強くない。
やはり、関西の割烹風のつゆ、か。
少し前に、野菜の翡翠煮を作ったが、あんな感じ
かもしれぬ。

こういうものなので、意外に塩味は強い、
のかもしれぬ。

うまかった、うまかった。
席で勘定をして、出る。

ご馳走様でした。
流石、名にし追う[まつや]。
すだちそば、こういうものか。

調べると、すだちそばは、元祖といえる店が
兵庫発祥のものと、東京発祥のものと二つあり、
たまたまのようだが、2000年頃にできている
とのこと。もう生まれてから20年以上にもなる。

兵庫の方は、やはり関西なので讃岐など、うどんに
すだちを効かすのは、よくあることで、その応用のよう。
東京は、酒の後につゆを飲む感覚で、食べられるそば、
というので試行錯誤をし、これができた、と。

ともあれ、まったく新しい冷たいそば。
20年以上たって、やっと、というべきか、
市民権を得てきた。

もしかすると、これから、東京でもどこの
そばやにでもある夏の定番になっていく
のかもしれない。

 

神田まつや

 

 

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すだちそば~おまけ、神宮

8月20日(木)第一食

すだちそばが、話題である。

と、いうのは、ほとんど嘘だが、最近、ごく一部で
話題になっていた。

まあ、ご存知の方はおられまいが。

ともあれ、少し前から、食べてみようと思っていた
のだが、東京、特に私の行動圏の下町のそばやには、
なさそうでどうしたものか、考えていた。

すだちそば、というものをご存知であろうか。
中華麺のものではなく、日本そばのもの。

この時点では、私もほぼわかっていない。

ネットにある写真は見られるので、見てみると、
輪切りのすだちが、多くはどんぶりのそばの上に
ずらっと敷き詰められているもの。

これで、つけそばにする?。

つまり、そばにすだち、柑橘の風味をつける?、と、
いうこと?。(実際には色々な形式があるのだが。)

日本そばに、柑橘を合わすというのは、まあ、あまり
聞かない。温かいつゆそばで、柚子の皮をつゆに浮かべる、
というのは、なくはない、か。
つゆではなく、ダイレクトにそばの麺につける?。果たして、
そばに柑橘が合うのか。

お!。
そう、拙亭には、ポッカレモンもあるのだが、
ゆずの果汁もあった。
なぜ買ったのかは、覚えていないが。

これを冷たいそばに掛けて、つゆで食べてみればよいか。

と、いうわけで、一度、乾麺でやってみた。

乾麺をゆでて冷やし、どんぶりに入れ、すだち果汁を
掛けて、いつもの通り桃屋のつゆで食べてみた。

すだちの風味がそばにつくにはそこそこの量
かけないといけないこともわかった。
で、合うのか?。

なるほど、ある程度合うことは分かった。
不思議なものではあるが。

これが、2~3日前。

で、今日、またやってみた。

今日のつゆは、先日の鶏皮がたくさん凍っているので
これを入れてみようか。

つけつゆなので、桃屋のつゆ、軽く薄めたものに鶏皮と
ねぎを入れて、煮たもの。

同様にゆでた乾麺を氷で冷やしてどんぶりに入れ、
すだち果汁をたっぷりまぶしよく混ぜる。

出来上がり。

鶏皮のつゆは、つけつゆとしても、やはりうまい。

そばに柑橘の風味は、確かに、相性はよい。
しかし、東京風のしょうゆが立つそばつゆは
若干、すだちがしょうゆと喧嘩しているように感じる。

これはもしかすると、関西風の薄口しょうゆのつゆ
の方がよいのかもしれぬ。

まあ、考えてみれば、すだちに限らぬが、柚子など
柑橘を和食に使うのは、西のもの、で、ある。
きっと、そういうことなのでは、あるまいか。

これは、一度、実際のそばやへ行って食べてみなければ
本当のところは、わからないか。

さて。

この日は、このあと、ここへいった。

そう、明治神宮野球場。
まあ、いわゆる神宮球場。

貼りだされているが、乃木坂46のライブ神宮Day1。

前に書いたが、乃木坂の夏のツアーは、ツアー初っ端の
福井公演のDay2に内儀(かみ)さんと、泊りがけで行った。
まあ、鮨を食ったり、永平寺に行ったり、ソースカツ丼、
おろしそばも福井で食べたのだが。

この時は、ノーマルなチケットだが、アリーナで、
メンバーの顔が肉眼でちゃんと見える、いうところの、
神席が当たった。
まったく、初めての経験。これは凄かった。

乃木坂の神宮は、毎年恒例で、全国をまわっての
ツアーファイナル。ファンの間では、聖地神宮と
呼ばれている。

これがなんと特別な抽選で、値段も高いのだが、
プレミアムシートが当たった。

最初から、神席が保証されているという席。

それもなんときてみると、本ステージ前、下手最前列。
神席の中でも、超、神席。
なにか、今年中の運をすべて使い果たしたような。

トロッコが通ればそれも見えるし、本ステージの
顔もパフォーマンスも見える。
また、配信でも見られるとは限らない、ステージ上の
ハプニングも、しっかりと見える。

この時期なので、神宮公演は雨が降ることも少なくなく、
(今年は8/22が豪雨)それもまた、乃木坂の神宮の風物詩ではある。
この日は、雨などは降らなかったのだが、演出として
客席に放水をする。これでステージ上も濡れる。この水に
滑って曲のパフォーマンス中に転んでしまった
メンバーがいた。
(序盤「ジコチューで行こう!」の大事な場面で、6期生の
瀬戸口さんがステーン、と、派手にこけていた。
見ていて、かなり驚いたのだが、特に怪我などは
なかったよう。まあこれは曲中の大事な部分だったので、
配信にもばっちりのったらしいが。)
こんなのが、生で、目の前で見えるのも、醍醐味。

福井の前は乃木坂も日向坂も、ほぼ人の顔の判別すら
つかぬ遥か遠い席。まったく、雲泥の差、で、ある。
ファンの中には、見えなくとも、行くことに意味がある、
というむきも多い。すべての地方公演、全日行く、
なんという猛者もいる。地方公演は配信もないし、
セトリ、演出も多少違うので、まあ、どの日も見届けたい
という気持ちもわからなくはないが。

ともあれ、神席での神宮、よかった、よかった。

※リアルタイムで昨日8/23、千秋楽まで無事完走。
最終日は配信で観たが、新キャプテンの菅原さん、
初座長の一ノ瀬さん、涙のラスト、お疲れさまでした。
また賀喜さんはじめ、メンバー皆さんお疲れ様でした。
6期の増田さんもここで涙の復帰、一安心。心配された新体制、
十二分に引き継がれたといってよいのではなかろうか。
今後にも期待!。

 

 

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スパイスカレー

8月16日(日)夜

さて。スパイスカレー、で、ある。暑いので。

最近、あまり作らなくなっている。
やはり、手間が掛かる。

それこそ、大学生の頃から作り始めたので、
もう40年も作っていることになる。創業40年?。
作り方も、変化しており、最近は飴色玉ねぎを作る
ためのショートカットをやっている。

このあたりが、その例になろうか。

ただ、今回、大事件が起きているのだが、
こんなものもやはり書いておいた方がよいだろう。

内儀(かみ)さんに買い出しを頼む。
肉は、いつもの通り、手羽先。
やはり、骨付き肉は出汁が出る。

玉ねぎと、カットトマト缶。にんにくも生姜もある。
スパイス類もある。
米。タイ米がなくなっていたので、これも。

こんなものでOK、かな。

最初にホールのスパイスをあたり鉢であたって
パウダーにする。

クミン、フェネル、コリアンダーシード。

スパイスはパウダーで使うものと、ホールで使うものに
分かれる。

玉ねぎは1個みじん切り。

ぶんぶんチョッパーで数回に分けて。
生姜、にんにくも合わせて。

生姜、にんにくは、みじん切りにして各大さじ1に。

手羽先は、焼いてから、圧力鍋で柔らかくする。
食べやすく骨から取れやすくしたい。

フライパン。

塩とカレー粉、S&B赤缶をまぶして焼く。

両面、軽く焦げ目が付くくらい。

もちろん、不定形の手羽先なので、ここで完全に
火は通らない。

圧力鍋に水、焼いた手羽先を入れ、ふたをし、点火。
加圧されたら、ここから5分。

火を止めて、放置調理開始。

さて。ここから、スパイスの炒めと、飴色玉ねぎ作り。

完全に理解しているとは言い難いのだが、
スパイスを炒めるというのは、テンパリング
というようだが、香りを出すこと。
ただ、熱に強いスパイスと弱いスパイスがある、と。
これがどうもわかっていない。
まあ、少なくともマスタードは強いよう。

で、最初に油を敷いて、マスタード。

この油、脂?、バターにしてみる。
軽くはぜるくらい。

ここに玉ねぎ、にんにく、生姜、みじん切り。

玉ねぎが入ると、熱が上がりすぎない、と。
ここに、ホールのスパイス。
クローブ、シナモン。

少し炒めて、

先にパウダーにしたスパイスも投入。

中火程度で、玉ねぎに焦げ色を付けながら、炒める。
むろん、焦がしてはいけないので、色が付いてきたら
水を少量加え、火を止め、落ち着かせる。
混ぜて、また、炒める。この繰り返し。

段々に、全体を飴色にしていく。

こんな感じ、で、よいか。これで、時短ができる。

水とターメリック。

一方、圧力鍋、圧が下がっているのを確認し開ける。

手羽先は柔らかくなっている。

フライパン、ベイリーフを追加。

これも炒める。

これで、圧力鍋に、合体。
カレー粉、カットトマト1/2缶を投入。

20分ほど煮込めば、完成。

ここで、コメ、タイ米も水加減だけして堅めモードで
スイッチオン。

ある程度、煮込んだ。
仕上げに、塩と、フェネグリーフ。

味見。
ん?、なにかヘン。
なんであろうか、物足りない。
私の味覚がヘンなこともある、か。

ご飯も炊けた。
ディルピクルスを切る。

皿に盛り付け。

手羽先も柔らかくホロホロに。
味も、わるくはないのだが、やはりなにか物足りない
感じは引き続き続いている。
キューブのブイヨンを足してみる。が、少しよくなった
程度。だが、これで、お替りして二皿食べてしまった。

物足りなさの原因がわかったのは、深夜。
まさに大事件の本体。もう一度食べてみた。
やはり、塩かと思って、また足したがカレーではなく
ご飯の上にのせると、甘いことに気づいた。
なんとこれ、砂糖だったのである。うちの砂糖と塩は容器は
同じで、ふたに砂糖だけ砂糖と書いてある。このふたが
反対になっていたのである。
つまり、塩と砂糖を入れ間違えていた。かなりの量砂糖を
入れていたのである。辛味や香りが強いので、甘さは
全く感じなかった。こんなことって、ある、のである。

 

 

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歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 第一部 通し狂言 怪談 牡丹燈籠 その3

引き続き、今月の歌舞伎座、納涼歌舞伎の第一部
「怪談 牡丹灯籠」。

巳之助、右近についての印象を書いた。

もう一人、松本幸四郎。

ちょっと珍しい役。
圓朝として、軽いストーリーテラーのような立場で
出てくる。
途中、途中、幕の下りた幕前、花道の七三などで、
黒門付きの羽織を着て、座布団に座って噺を語る、風。
この演出、ちょっとおもしろい。
圓朝役なので大看板の役者が演る軽い役といっても
よい、かもしれぬ。

ちょっと不思議に、奇異に観えたのは、文字通り
本物の落語家のように声を張って、正面を切って、
語るということをしていない。落語を長く聴いてきた
私にはそう見えた。
いや、待てよ。そんなことはよくわかっているはず。
まあ、役者として登場人物として喋っているのではなく、
ストーリーテラーなので、本物の噺家の喋りのように
見えない方が、逆に演出としては、正しい、のかも
しれぬ。あえて、こうしていたのか、、。

ただ、それでも多少、引っかかった。
幸四郎は、父の先代幸四郎の白鸚は健在だが、
彼が高麗屋の親方。53歳。もういい年である。
大看板といって差し支えはなかろう。
ただ、今日感じたのは、爽やか。若々しい。
若々しいのはよいのだが、別の言葉でいうと、軽い。
もう少し若ければ、好感につながるのだが、
もうそろそろ渋み、重み、凄み、のようなものも、
加わってほしい。圓朝らしくも見えぬ。
そんな感想を持ったのだが。

さて。

間の休憩の弁当。
書いたように日本橋[弁松]。

ビールはなし。
最近、眠くもなるし、昼から呑むことはしなくなっている。

二段のたこ飯。

内儀(かみ)さんの一段の幕の内。

たこ飯は、開けると。

たこ飯と、おかず。

たこ飯は、たこと、たけのこ。
比較的薄味。おかずと随分の差。

だが、おかずがなんといっても[弁松]の特徴。

[弁松]は嘉永3年(1850年)日本橋魚河岸で創業。
我が国最初の折詰弁当や。今、東京の魚市場は豊洲で、
その前が築地、さらにその前が日本橋にあったのは、
ご存知の方は、ご存知であろう。あったのは、大正の
関東大震災まで。魚河岸というくらいで、日本橋の下手
河岸に舟で魚が運ばれ、露店が並び、売っていた。
この魚河岸の人々に飯を出す食堂として開業し、その後
先の嘉永の頃、三代目の松次郎が、持ち帰りの弁当
専業になったと。松次郎の弁当やで、弁松。

とにかくここのおかずは、濃いしょうゆの甘辛。
それも、甘い方に寄っている。以前はもっと濃かったが、
これでも最近はだいぶマイルドになった。

一番注目したいのは、この左下、ちょっとわかりずらいが
つどぶ、という生麩がある。東京のおでんに入るちくわぶ
のミニチュアのような形をしている。生麩というと
京都だったりを思い出すが、このつとぶは江戸・東京の
生麩。

蓮根、隠元、牛蒡、椎茸、人参、筍、里芋あたりが煮物。
これらがみんな、濃い甘辛。
右上がかじきの照り焼き、右下が細切りの生姜の佃煮。
玉子焼きに、紅白蒲鉾、左上が豆きんとん。
やはり、今見ると、お節料理、あるいは昔の結婚式の
ご馳走の折詰などを彷彿とさせる。
幕の内弁当のおかずというのは、皆こうであった。

内儀さんのもの。

白いご飯もあるが、内儀さんは赤飯を選んだ。
入っているおかずは、種類が少ないだけ。

先に書いた木挽町[辨松]は日本橋の暖簾分けだが、
戦後から少し前まで、歌舞伎座の中にも入っていた。
池波先生なども書かれている。亡くなった勘三郎なども
贔屓にしていたという。この味が、歌舞伎座の当たり前の
顔でもあった。

さて。

「牡丹灯籠」。観終わって、気が付いたのは、圓朝師原作との
違い。長い長い話で、物語もいくつもの横道に逸れるのだが、
横道は、歌舞伎では全く出てこない。それでも、最も違う
のは結末。
実際には二人とも死んでしまうので、似たようなもの、
といえば、似たようなものなのだが、終わった後の感覚が
違っている。

圓朝師の結末は、ドロドロ。以前に分析、考察をしていた
ように幕末から、明治初年の「悪党の世紀」という皆が敵、
取るか取られるか、殺すか殺されるか、という、殺伐とした
社会背景の中で、すべてが悪人。
かなり救われないことで終わる。
やはり人間の業、本性とはこういうもの、というようなことに
なるのか。

歌舞伎の方は、因果応報、悔いて会心しながら死んでいく、と。

まあ、歌舞伎の方が、救われるようにはできている。

現代的なエンターテインメント性とすれば歌舞伎の方が上、
なのであろう。

直近の上演記録を見てみると、令和に入って、既に3回目。
直近2回は、名古屋と京都の地方公演だが、愛之助の伴蔵で、
玉三郎のお峰。この2回、玉三郎演出と特記がしてある。
玉三郎が積極的に演じようとしたようにも見える。

今回も、第三部に玉三郎が出演ているので、ここでも
関わっているのかもしれぬ。
影の座頭?。

と、すると、右近の演出は玉三郎から、か。
なるほど、そう聞くと、右近のお峰は、玉三郎っぽい
かもしれぬ、と頷ける。
ただ、演じる役者が変われば、自ずと違う、ということ
なのかもしれぬ。

ともあれ、そうであれば、玉三郎はこの芝居を後世に
伝える必要を感じてのこと、なのであろう。

今、まさに世代交代中の歌舞伎界、当然のこと、
なのであろう。

四の五の言っている余裕はない。若手、がんばれ!。

 


日本橋弁松総本店

 

 

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歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 第一部 通し狂言 怪談 牡丹燈籠 その2

引き続き、今月の歌舞伎座、納涼歌舞伎の第一部
「怪談 牡丹灯籠」。

さて。
今「牡丹灯籠」というお話を観たことがある人、
聞いたことがある人、あるいは読んだことがある人、
なんらかの形で、なんらかの作品に触れて、
知っている人は、どれだけいるのであろうか。

わからぬが、そう多くはないのではなかろうか。

ただ、明治以来、歌舞伎でも数多く上演され、
“筋書き”に載っている戦後の上演記録だけでも
14回もある。
(ちょっとおもしろいのは、戦後すぐの3回は松竹の
ものではなく、杉村春子主演のもので、これは文学座、
で、よいのか。)

映画化では明治43年(1910年)の無声映画が最初で、
その後、戦前までだと日活で大正3年(1914年)あの、
牧野昭三監督、“目玉の松ちゃん”こと、尾上松之助
主演で映画化。その後、日活は複数回リメイクして
いるよう。

また歌舞伎の本家、松竹も、大正10年(1921年)に映画化。
各社で戦前だけでも14作以上確認できるよう。

戦後、東映、大映なども制作し、人気ぶり、キラー
コンテンツであったことがよくわかる。

「牡丹灯籠」は文字通り、現代に続く、ジャパニーズ
ホラーの原点的作品であることがよくわかるだろう。

これも圓朝師の功績といってよろしかろう。

ただ、怪談というのは、もっと前、江戸期から、
歌舞伎などでは、それこそ「播州皿屋敷」、鶴屋南北の
「東海道四谷怪談」などある。また、江戸期の講釈ねたが元の
「番町皿屋敷」。このあたりが古典で、我が国の怪異もの、
怪談ものはそれ以前、民話のようなものから、大衆に長く
親しまれた伝統のもの、と、いってよいのであろう。

ちなみに、ちょうど今月「牡丹灯籠」はもう一つやっていた。
『檀れい×阪口珠美 Wキャストの朗読劇』。
なんで私が知っているのかというと、阪口珠美(たまちゃん)
が乃木坂46の三期生OGなので。
やはり「牡丹灯籠」、今も生きた古典である。

さて、こんなことを書いているが、
白状をすると、私、怪談にしても、Jホラーにしても
苦手なのである。今も、洋物も含めて、まったく観ない。
子供の頃からの怖がりである。

従って、怪談、Jホラーのお話の中身についての分析は
まったくできないことをお断りしなくてはいけない。
怖いし、気持ちわるかろう。グロイのもだめ。

ともあれ。

この歌舞伎版「怪談 牡丹灯籠」は、通し狂言と銘打って
いるが、有名な幕だけを上演する、いわゆる見取り狂言
ではなく、お話の最初から最後までを通して演じられる。
毎度書いているが、これは観客、特に入門段階の者には
欠かせない。
長年、観ている客には、有名な幕があって、誰それの
演じるそこだけが観たいということがあるのだが、
素人だと、部分的に見せられて、如何にストーリーを
説明をされても本当のところのその芝居のよさはまったく
わからない。

松竹にも物申したいが、歌舞伎自体の観客を増やすためにも
できるだけ、通しで上演すべきである、と。
今の時代、新規のお客を呼び、定着してもらうことの方が
大事であることは言うまでもなかろう。

そういう意味で、これは、通し、なので、座っていればよい。
また、明治以降の脚本なので、台詞も比較的理解しやすい。
イヤホンガイドを借りたが、なくてもよかったかもしれぬ。
気軽に観られた。

長いが二幕。
つまり、前半後半に分かれる。

通称、お札はがし、といっている前半部分。
後半が、栗橋宿から幸手堤。

通常、この日記で歌舞伎のことを書く場合は、
筋を書かないことにしている。有名な芝居であれば、
ウィキ、その他にもそこら中にあら筋は出ているので、
私が書くまでもない。ご興味があれば、調べてほしい、
ということである。

ただ、この話の場合、元が芝居ではなく落語家が作り、演じる
怪談噺であること。まあ、歌舞伎としてはマイナーなお話
であるから、書いてもよいか、とも思ったのだが、やはり
やめておこう。
書き始めると、キリがない。
圓朝作のものと、実際大幅に違うのだが、それにも
細かく触れたくなる。昨日出したが、前に書いたものを
参照されたい。

また今となっては、圓朝作品よりも、歌舞伎の方が
ストーリーの本流になっているのであろうし。
映画などもおそらくそちらであろう。

ただ、それでも「牡丹灯籠」、Jホラーの古典として、
皆が知っていて然るべきだと思う。
形はなんでもよい、是非一度、触れてほしい。

と、いうことで、筋はやめて、役者の印象を
書いてみたい。

主役は、関口屋伴蔵と、伴蔵女房お峰。

伴蔵を坂東巳之助、お峰を尾上右近。

巳之助36歳、右近34歳。右近の方は、TVバラエティー、
ドラマなどにも頻繁に出ている、イケメン。歌舞伎を
観ない方も、ご存知であろう。

巳之助の方は、過去になん度か芝居を観ているはず
なのだが、主役級ではなく、残念ながら記憶になかった。

伴蔵は、当初は下男、後半は奉公人のいる店の旦那。
年齢とすれば、実年齢よりも上の設定だと思う。
ちょっと鈍重で風采の上がらぬ男から、小金を貯めた
品のないジジイといった役を、よく演じている。

右近のお峰は、はすっぱな、年増女。
この二人の掛け合いがよろしいし、好演といってよい
だろう。

ただ、右近の印象だが、この役者、いかにもお坊ちゃん、
育ちのよさが漂い、世慣れた感じ、もう少し役者としての
幅があってもいいとも思うのだが、いかがであろうか。

この世代はまだ、頭角を現している役者は多くはないと
思う。右近は存在感があり、ただでさえ目立つこの人、
元来は清元の家の人だが、役者になりたくて、この道に
きたと聞く。歌舞伎を本気でやっていこうという気がある
のであれば、貴重な人材として大きく飛躍することを
期待したい。


つづく


怪談 牡丹灯籠 歌川豊斎(歌川国貞(三代目))明治25年(1892年)
関口屋伴蔵 五代目尾上菊五郎、半蔵妻みね 坂東しう調
東京、歌舞伎座

 

 

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歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 第一部 通し狂言 怪談 牡丹燈籠 その1

8月15日(土)

さて、珍しく、歌舞伎。
歌舞伎座の午前、第一部。
表題の通り「牡丹灯籠」。

正月以外で、私が芝居を観に行くのは珍しいが
内儀(かみ)さんが知り合いから、頂いた。

8月は三部制で、二部が「駱駝(らくだ)」と「鬼神のお松」
3部が玉三郎、七之助の舞踊幕。

「牡丹灯籠」はご存知、大圓朝作の怪談噺が原作。
「駱駝」もお馴染み、もとは上方落語。

8月、この時期なので、まあ、新人若手が出演る花形
までは行かぬが、企画もの感があろう。

役者は1部は、坂東巳之吉、尾上右近、松本幸四郎あたり。
2部は、中村勘九郎、松本幸四郎、坂東弥十郎、
笹野高史といったおもしろい顔ぶれ。
3部は坂東玉三郎、中村七之助で舞踊特化というこれまた
変則な企画もの。

どれを観ても可だったのだが、プライオリティーは
1、2、3の順で、1が取れたというわけであった。

1部は11時からで午前中から行動するのは、
テキトウな生活をしているので、なかなかきつい。

9時半、内儀さんと出る。

そこそこ涼しいのが救い。

暦通り?、このまま、秋へいくのか。
まあ、天気予報では、そんなあまいことはないよう。
来週以降、また暑さが戻ってくるよう。

ともあれ。

銀座線、稲荷町から乗って、銀座まで。

10時10分前に着いて、三越の開くのを待つ。

開いたら、さらにB2に降りて、弁当を買う。

なにがよかろう。

やっぱり日本橋[弁松]がいいだろう。

歌舞伎座前にあった木挽町[辨松]は
コロナ渦中であったか残念ながら廃業してしまった。

私はたこ飯の二段。
内儀さんはノーマルな一段の幕の内。
たこ飯があると、必ず買ってしまう。

東銀座の交差点までは、地下を通り、地上に上がって
昭和通りを渡る。

切符を引き上げて、イヤホンガイドを借りる。
開場を待って、入る。

席は、1階だが、右の後ろ。
まあ、さほどよくもない。

やはり花道周辺が良席、で、あろう。

そろそろ、幕が開くが、
お。
幕が、緞帳(どんちょう)のまま。
緞帳というのは、上に上がって開く幕のこと。
西洋でも日本でも多く幕はこの形式の緞帳。
寄席でも緞帳。(ただ、西洋ではセンターから開く引幕も多い。)
歌舞伎のみが人が横に引き開ける、引幕。
歌舞伎座には、両方が用意されている。

これは、緞帳で幕開けになるよう。
歌舞伎ではない、ということか。

歌舞伎というのは、横に引き開ける幕で、
それも定式幕(じょうしきまく)といって、ご存知の黒、
柿色、萌黄(濃い緑)の三色の歌舞伎カラーなどと決まっている。

歌舞伎のみしかこの引幕を使うことが許されていない。
ということは、これから上演る芝居は、歌舞伎ではない、
という宣言になるわけである。
そもそもの歌舞伎の定義を説明しなければいけなくなるが、
長くなるので、やめるとして、ここでは、これから
演る芝居は落語が元だからというのが主たる理由でよいか。
歌舞伎役者が歌舞伎座で演っても歌舞伎ではない
ということなのである。

さて、ここで演目と配役を写しておく。

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第一部
三遊亭円朝 原作
大西信行 脚本
通し狂言
  怪談 牡丹燈籠(かいだん ぼたんどうろう)
第一幕

第二幕  大川の船より
新三郎の家まで
野州栗橋の宿はずれより
幸手堤まで

伴蔵 坂東 巳之助
お峰 尾上 右近
お国 坂東 新悟
宮野辺源次郎 中村 橋之助
萩原新三郎 市川 染五郎
お露 尾上 辰之助
乳母お米 尾上 緑
仲働お六 尾上 菊三呂
医師山本志丈 澤村 精四郎
女中お竹/酌婦お梅 中村 玉太郎
酌婦お絹 澤村 宗之助
飯島平左衛門 河原崎 権十郎
三遊亭円朝/馬子久蔵 松本 幸四郎

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この芝居の初演は、明治20年(1887年)東京、本郷の
春木座という劇場とのこと。今の本郷三丁目、当時の本郷
春木町に明治から戦前まであった有名な劇場。今は、影も
形もないが。
その後、明治25年(1892年)歌舞伎座で五代目菊五郎の
主演で上演されたようで、どちらかといえば、こちらの
方がメジャーで、その後のこの芝居の元になっているのか
実質的には初演扱いのよう。

原作の三遊亭圓朝師については、以前にかなり詳しく
書いている。この「牡丹灯籠」についても。

ご興味のある方は是非読んでいただきたい。

落語家、噺家が演るが、怪談噺で、正確には落語、
いわゆる落とし噺、ではないということになる。
圓朝師の初演は、意外に古く、文久元年(1861年)と
まだ旧幕時代。

とても長い続き物の噺だが、なぜ、こんな噺を作った
のか、時代背景、また、噺自体の考察は詳しく書いている
のでここではやめておこう。

いずれにしても、この「牡丹灯籠」ともう一つの大作
「真景累ヶ淵」、大圓朝師の問題作であり、大名作
といってよいだろう。

 

つづく

 

 

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