浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その49 三遊亭金馬 藪入り

f:id:dancyotei:20190521083754g:plain

引き続き、金馬師「藪入り」。


父「ん?

  (涙を拭く仕草)

  ありがてえ。

  (母に)
  おっ母ぁ、奉公はありがてえなぁ。
  三年前(めい)まで寝床ん中で芋を食わなけりゃ起きなかったんだよ。
  三年たつかたたねえ内に、少しばかりの小遣いの中から二人で食べてくれ
  って、買ってきたよ、おい!。
  仲よく食おうな!。
  無暗に食っちゃもったいねえから、神棚ぃ上げといて、神棚ぃ。
  後で下ろしたらな、長屋へ少ぉしっつ配ってやんな。
  家の子供のお供物です、って。」
母「なにを言ってんだよ~!。」
  (亀に。)
父「は、は、は、は。

  方々連れてきてぇんだ。湯ぃ行ってこいよ。
  そこの湯はだめだぜ。不愛想でいけねえから、先の湯へ行ってこい。
  そうだ、そうだ。
  着物、すっかり脱いで。
  裸じゃ行かれねえやな。俺の長半纏があるからそいつ着て行け
  湯から帰(けえ)ってきてから着りゃあいいから。
  そいから、新しい下駄履いてっちゃいけねえぜ。
  湯い、新しい下駄履いてくのは一番コケなんだからな。
  手ぬぐいも新しいのおろさなくっていいよ。
  おっ母ぁ、ちょっと出してやれ。
  あーー、それから、湯銭、ある?。
  お前(めえ)、家にいる時分にゃぁ、お父っつあん貧乏だったけどな
  この頃、お父っつあん工面がいいんだ。
  お前(めえ)に借金の言い訳さしたりなんかしてな。
  もう、すんなこたぁなねぇんだ、だいじょぶだよ。

  湯から帰(けえ)ってきたら、方々一緒に歩きてぇんだ。
  
  おいおい、おっ母ぁ、手桶どかせ。
  出入り口に手桶なんか、邪魔っけじゃねえか。

  どぶ板踏むといけねえ。
  こっちを踏むと、向こうがピャーっと上がるんだから。

  ここの大家は店賃取ることは知っても、どぶ板一つ直すこと
  知りゃぁしねえんだから。

  あー、その犬かまっちゃいけねえ!。
  この頃、喰い付くようんなったんだ。
  女犬(おんないぬ)だよ。子供産んでから、気が変になったんだ。
  え?、そうだ。お前(おめえ)がいた時分にいた犬だ。
  
  おっ母ぁ、見ろよおい!。
  犬は、かわいいなぁー。子供に芋の尻尾もらったの覚えてるんだぜ。
  他の知らねえ人きたら、噛み付くように吠え付く犬がよー。
  尻尾振ってついてったよ。

  (遠くへ)
  納豆やさん!路地入(へえ)ってくんのちょっと待ってくんねーか!。
  子供が湯ぃ行くんだから。

  路地が狭ぇからいけねえんだよー。
  後で買ってやらぁ。

  は~~。
  行っちゃった。
母「お湯ぃ行ったんだよ!」
父「だけどよー、
  もう帰(けえ)ってきそうなもんだけどなー。」
母「今、行ったばかりじゃないか。」
父「えー?来た時?。
  俺の考(かんげ)えじゃね、障子開けて、バーッと飛び込んできて
  お父っつあーん、とか、おっ母さーん、とかかじり付くもんだと
  ばっかり思ってたんだ。
  そしたら、開けたらお前(おめえ)、手ぇついて、改まりやがってよー、
  めっきりお寒くなりました、と、きやがる。
  お父っつあん、おっ母さん別にお変りもございません、
  仁義を切りゃがった。驚いたなー、ありゃぁ。
  口が利けなくなっちゃったよー。
  あのぐれぇ、立派に口が利けるようになって、手紙だって、字だって
  文句だって、上手くなって、安心だ。

  うん。
  着物(きもん)だっていい着物だー、帯だって年季野郎じゃないよ。
  下駄、見てみろ。柾(まさ)ぁ通ってらぁ。
  お内儀さんに可愛がられんだなー。あいつぁ、如才ねーからなー。
  台所の方に可愛がられなきゃいけねーよ。

  よせよ、おい。子供の財布なんか開けて見んなよ!。
母「たいへんだよ、お前さん。」
父「なんだよ。」
母「五円札が三枚、小ぃさく折って入ってんの。」
父「偉(えれ)えじゃねーか。小遣(こづけ)えにもらってきたんだ。」
母「だけどお前さん、十五円ってぇのは、、多いと思わないかい?」
父「多いたって、持ってんだから、しゃーねーやな。
  多きゃぁどうしたってんだ。」
母「当人にそんなわるい了見はなくってもだよ、お友達が大勢いるから
  そん中にわるい人でもあって、もしご主人のお金でも、、」
父「馬鹿いえ!、こん畜生め!。
  俺のガキだい!。」
母「お前さんは正直だって、当人まで正直だって言えないだろ。
  お前さん奉公して覚えがあるだろ。初めて宿りに十五円も
  らったかい?。多いと思わないかい?。」

  (父、腕を組んで考える仕草。)

父「十五円は多いなー。

  多い!。
  やりゃぁがったな!。
  目付きがよくなかったからなー。

  帰(けえ)ってきやがったら、土性骨(どしょうぼね)叩き
  折ってやる。
母「お前さんね、手が早くていけないよ。
  どうしたんだい?って聞いて、確かにそうだ、ってわかったら、、、」
父「黙ってろ、黙ってろ、帰(けえ)ってきた。そっち行ってろ。

  目付きがすごいこと、見ろ。
  仕舞っとけよ。」

  (亀、手を付いて、お辞儀。)
亀「行ってまいりました。
  たいへん空いてまして、いいお湯でした。
  お父っつあん、行ってらっしゃいませな。」
父「前、座れ。」
亀「え?」
父「座れよ!。」
亀「はい。
  (座る。)
  なに?。」
父「よく聴けよ。
  手前(てめえ)の親父はなー。長(なげ)えもの短(みじか)に着て
  人様に頭の上がらねえケチーな稼業はしてるけど、人の物と名の
  付いたたもの木一本だって盗んだこたぁねぇんだぞ。
  親の気も知らねえで、ふざけたことしやがると、ただ置かねえぞ!。」
亀「へ?。」
父「ネタぁ、上がってんだ!。」

 

つづく