浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その47 三遊亭金馬 藪入り

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引き続き、三代目金馬師の「藪入り」。

母「うるさいねー、この人はぁー。おっ母売りに来たようだね~。
  なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って。
  なんだよー?。」
父「なん時だよ?」
母「今、時間聞いたばかりだよ。
  三時少し回ったよ。」
父「どうも、剣のまわりが遅いような気がしてしょーがねーなー。
  起きて時計の剣、一まわり回してみろよ。」
母「おんなじこったよ。そんなこと言ったって。」

父「大きくなりゃがったろーなー。
  なんて言って来るかなー。たのしみでしょーがねぇんだ。

  なーおっ母ぁ。」
母「少しお寝なさいよ!。」
父「いいよー。一晩ぐらい寝なくったって。
  子供だって来てぇ一心だ。寝られやしないよ。

  枕元に着物(きもん)だの帯だの、下駄まで置いとくんだよ。
  こうやって見てるとな、ぽろぽろぽろぽろ涙が出てくるんだ。
  寝られやしねえ。

  子供が寝ずにいるんだ。親だけグーグー寝てたんじゃ、
  可哀そうだ。ものには付き合いってことがあるよ。
  
  今夜一晩お通夜しちゃおう。」
母「いやだよ!、この人は。縁起(いんぎ)でもない、お通夜だなんて。

父「なーおっ母ぁ。」
母「寝られないねー!」
父「なん時だい?」
母「まだ五時ちょっとまわったばっかり。」
父「お!、〆た。」
母「ちょいと、お前さん、今頃から起きてどうすんだよ。
  まだ電車と通りませんよ。」
父「電車、通らなくったって、野郎来てぇ一心だ、歩いたって来るよ。

  飯を炊け、飯を炊け!。」
母「今からご飯炊いたら、あの子が来る時分には、お冷(しや)に
  なっちゃうよ。」
父「お冷になってもいいから、温かい飯食わしてやれ!。」
母「わからないこというんだから。まいっちゃうよー。」
父「箒、出せよ~!」
母「どうすんだい?」
父「表ぇ履くんだよ~!」
母「お前さんが~?、珍しいね~。ま~ど~して~?。」
父「どうもこうもねえや。久しぶりに帰(け)ぇってくるんだ、
  表だけでもきれいにしとこうってんだよー!。」
母「後であたしが掃除しますからね。
  箒持って、あらかたやっといて下さい。
  あ、じきにね、あたしが行きますからね。
  だいじょぶですからね。」

A「吉っつぁ~ん。」
B「え~?。」
A「ご覧よ~。」
B「なんだい?。」
A「普段無精もんの熊さん、箒持って表掃いてるぜ。」
B「へ~、変わったことあんだな~。
  なにか不思議なことあるぜ、これは。
  
  あ、そ~~だ。
  16日だろ。亀ちゃんって、子供がいたぁ~な。
  しばらく見えませんね、ってったら、かわいい子には旅をさせろって、
  やすから、奉公に出しましたよ、なんつった。
  宿(やど)りに帰(けぇ)ってくんじゃねーか。」
  (“藪入り”は小正月の1月15日とお盆の7月15日だが、この日は奉公先の
   行事があり、それを済ませ、翌日が実際のお休みであった。“宿り”は
   宿下がりといったことの転か。)

A「そーだ。子供は可愛いんだね~。
  がさつ者で、乱暴者だがね、家の前だけでもきれいにしとこうっていう
  心掛けだけでも、ありがてえじゃねーか。
  声掛けてやろうじゃねぇか。
  湯、行くんなら、誘おう。

  熊さん!。おはようございます!」
父(熊)「(箒で掃く仕草、そっけなく)
  あ、おはようございます。」
A「いい塩梅に、お天気んなりましたねー。」
父「えー、あっしのせいじゃありませんよ。」
A「ヘンな挨拶だなぁ。
  
  なるほど、あの人のせいで、天気んなったんじゃねーんだけど。

  亀ちゃん大きくなったでしょーなー!。」
父「えー。小さくなったら、なくなっちゃうからねー。」
A「喧嘩だねー。まるで。

  後で、あたしんちに遊びにくるように、そいってくれますか~?」
父「当人がなんていうか、わからねえからねー。」

母「お前さん、いい加減におしなさいよー。冗談じゃない。
  ご近所の人が出て、笑ってるじゃない。」
父「笑ってるたって、
  野郎、遅ぇなー。」
母「仕方がありませんよー。
  一番新しい奉公人ですもん。
  古い人をみんな出して、後でお店の掃除でもしてからくるの。」
父「店の掃除たって、三年目に初めて来るんじゃねーか。
  店の掃除くれぇ、そこの家の主がするがいいや。」
母「あたしに怒ったって、しょーがないじゃない。」
父「あそこの番頭、皮肉そうなツラしてやがったからな、
  宿りの出掛けになって、あそこ行ってこい、ここ行ってこい、
  って、用、言い付けてるんじゃねーかな。
  もう三十分たって、来なかったら、あそこんち飛び込んでって、
  番頭の横っ面、張っ倒してやるかな!。」
母「いやだねー、お前さん。

  はい!。(表へ向かって。)

  ちょっと、来た!。(父に)
  見て!。」
父「お、お前(めえ)見ろよ。」
母「あたし、今、ご飯が噴いてきたんだからさ。
  すいませんが。」
父「あ、あいよ。
  
  あ、今。(戸を開ける仕草。)

  はい。(下を向いている。)」

亀「(頭を下げながら。)
  めっきり、お寒くなりました。
  お父っつあんも、おっ母さんも、おかわりもなく。
  ご主人様、皆さま、おかわりもありませんで。
  お家へよろしく、って。

  お父っつあん、こないだ風邪引いて、たいへん熱があるってこと
  吉兵衛さんに聞いて、心配したんです。
  
  旦那に、そいえば、あんないい人ですから、行っといでって、
  言って下さんのわかってるもんですから、言い出しにくくって、
  言えなくって。
  でも来たかった。
  も、すっかりいいんですか?。
  心配だから、手紙書いて出した。
  あたしの書いた手紙、見た?。
  ねぇお父っつあん。
  あたしの書いた手紙、見た?。
  お父っつあん、お父っつあん!、お父っつあん!!」

 

つづく