引き続き、三代目金馬師の「藪入り」。
母「うるさいねー、この人はぁー。おっ母売りに来たようだね~。
なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って。
なんだよー?。」
父「なん時だよ?」
母「今、時間聞いたばかりだよ。
三時少し回ったよ。」
父「どうも、剣のまわりが遅いような気がしてしょーがねーなー。
起きて時計の剣、一まわり回してみろよ。」
母「おんなじこったよ。そんなこと言ったって。」
父「大きくなりゃがったろーなー。
なんて言って来るかなー。たのしみでしょーがねぇんだ。
なーおっ母ぁ。」
母「少しお寝なさいよ!。」
父「いいよー。一晩ぐらい寝なくったって。
子供だって来てぇ一心だ。寝られやしないよ。
枕元に着物(きもん)だの帯だの、下駄まで置いとくんだよ。
こうやって見てるとな、ぽろぽろぽろぽろ涙が出てくるんだ。
寝られやしねえ。
子供が寝ずにいるんだ。親だけグーグー寝てたんじゃ、
可哀そうだ。ものには付き合いってことがあるよ。
今夜一晩お通夜しちゃおう。」
母「いやだよ!、この人は。縁起(いんぎ)でもない、お通夜だなんて。
父「なーおっ母ぁ。」
母「寝られないねー!」
父「なん時だい?」
母「まだ五時ちょっとまわったばっかり。」
父「お!、〆た。」
母「ちょいと、お前さん、今頃から起きてどうすんだよ。
まだ電車と通りませんよ。」
父「電車、通らなくったって、野郎来てぇ一心だ、歩いたって来るよ。
飯を炊け、飯を炊け!。」
母「今からご飯炊いたら、あの子が来る時分には、お冷(しや)に
なっちゃうよ。」
父「お冷になってもいいから、温かい飯食わしてやれ!。」
母「わからないこというんだから。まいっちゃうよー。」
父「箒、出せよ~!」
母「どうすんだい?」
父「表ぇ履くんだよ~!」
母「お前さんが~?、珍しいね~。ま~ど~して~?。」
父「どうもこうもねえや。久しぶりに帰(け)ぇってくるんだ、
表だけでもきれいにしとこうってんだよー!。」
母「後であたしが掃除しますからね。
箒持って、あらかたやっといて下さい。
あ、じきにね、あたしが行きますからね。
だいじょぶですからね。」
A「吉っつぁ~ん。」
B「え~?。」
A「ご覧よ~。」
B「なんだい?。」
A「普段無精もんの熊さん、箒持って表掃いてるぜ。」
B「へ~、変わったことあんだな~。
なにか不思議なことあるぜ、これは。
あ、そ~~だ。
16日だろ。亀ちゃんって、子供がいたぁ~な。
しばらく見えませんね、ってったら、かわいい子には旅をさせろって、
やすから、奉公に出しましたよ、なんつった。
宿(やど)りに帰(けぇ)ってくんじゃねーか。」
(“藪入り”は小正月の1月15日とお盆の7月15日だが、この日は奉公先の
行事があり、それを済ませ、翌日が実際のお休みであった。“宿り”は
宿下がりといったことの転か。)
A「そーだ。子供は可愛いんだね~。
がさつ者で、乱暴者だがね、家の前だけでもきれいにしとこうっていう
心掛けだけでも、ありがてえじゃねーか。
声掛けてやろうじゃねぇか。
湯、行くんなら、誘おう。
熊さん!。おはようございます!」
父(熊)「(箒で掃く仕草、そっけなく)
あ、おはようございます。」
A「いい塩梅に、お天気んなりましたねー。」
父「えー、あっしのせいじゃありませんよ。」
A「ヘンな挨拶だなぁ。
なるほど、あの人のせいで、天気んなったんじゃねーんだけど。
亀ちゃん大きくなったでしょーなー!。」
父「えー。小さくなったら、なくなっちゃうからねー。」
A「喧嘩だねー。まるで。
後で、あたしんちに遊びにくるように、そいってくれますか~?」
父「当人がなんていうか、わからねえからねー。」
母「お前さん、いい加減におしなさいよー。冗談じゃない。
ご近所の人が出て、笑ってるじゃない。」
父「笑ってるたって、
野郎、遅ぇなー。」
母「仕方がありませんよー。
一番新しい奉公人ですもん。
古い人をみんな出して、後でお店の掃除でもしてからくるの。」
父「店の掃除たって、三年目に初めて来るんじゃねーか。
店の掃除くれぇ、そこの家の主がするがいいや。」
母「あたしに怒ったって、しょーがないじゃない。」
父「あそこの番頭、皮肉そうなツラしてやがったからな、
宿りの出掛けになって、あそこ行ってこい、ここ行ってこい、
って、用、言い付けてるんじゃねーかな。
もう三十分たって、来なかったら、あそこんち飛び込んでって、
番頭の横っ面、張っ倒してやるかな!。」
母「いやだねー、お前さん。
はい!。(表へ向かって。)
ちょっと、来た!。(父に)
見て!。」
父「お、お前(めえ)見ろよ。」
母「あたし、今、ご飯が噴いてきたんだからさ。
すいませんが。」
父「あ、あいよ。
あ、今。(戸を開ける仕草。)
はい。(下を向いている。)」
亀「(頭を下げながら。)
めっきり、お寒くなりました。
お父っつあんも、おっ母さんも、おかわりもなく。
ご主人様、皆さま、おかわりもありませんで。
お家へよろしく、って。
お父っつあん、こないだ風邪引いて、たいへん熱があるってこと
吉兵衛さんに聞いて、心配したんです。
旦那に、そいえば、あんないい人ですから、行っといでって、
言って下さんのわかってるもんですから、言い出しにくくって、
言えなくって。
でも来たかった。
も、すっかりいいんですか?。
心配だから、手紙書いて出した。
あたしの書いた手紙、見た?。
ねぇお父っつあん。
あたしの書いた手紙、見た?。
お父っつあん、お父っつあん!、お父っつあん!!」
つづく