浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



その28 「夢金」


今週は、少し、毛色の違う噺。
「夢金」(ゆめきん)。


一般的には人情噺、には入れられていないが、
さりとて、普通の滑稽な噺ではない。
空気感を楽しむ噺、ということであろうか。

「夢金」


素人のくせに、筆者はこの噺、恐れも知らず、演ったことがある。
むろんのこと、演じ切れているわけもない。
しかし、この噺、一言でいうと、かっこいいのである。


雪の降る、隅田川。夜の暗さ。寒さ。そして、サスペンス。


話芸で、「暗さ」や「寒さ」を表現しなければいけない。
落語というものの、芸としての、すごさ、である。


三遊系の噺のようである。
圓朝が作り上げたのかも知れぬが、
三遊亭栄楽師によると、原案は、小噺として、江戸の頃からあったようである。


「夢金」といえば、圓生、金馬(先代)。
今は、上に書いたように、三遊系をはじめ、談志家元も演る。


ストーリー


冬の夜、である。

大川(隅田川)から吉原、三ノ輪方面へ通じている山谷堀の、船宿。


外は深々と静まり返り、雪が降っている。


二階で船頭が、寝ている。
「百両〜欲しい。二百両〜欲しい。」


階下で船宿の親方が、
「また、始まりゃがった。熊の寝言だ。
 おーい、熊。静かにしねえか!
 知らねえ人が聞いたら、銭勘定してると思われら。」
「百両〜欲しい。」
「うるせえ、ってんだ!」
「五十両、でも、いいよ。」


と、表の戸を叩く音。男の声で、
「ここを開けろ!」


押し込み、で、あろうか、、。


覗いてみると、若い女連れ、である。
これなら、大丈夫、と入れてみると、
むさ苦しい浪人と、まったく不釣合いな、
きれいな着物を着た、若い娘。
妹、であるという。芝居見物の帰り、雪になり
舟を出して欲しい、と、いう。
この寒い雪の夜に、行きたくない、と、渋る熊五郎
骨折り酒手は、充分に遣わす、と、なだめ、
舟を出させることにする。


屋根舟、で、ある。
二人を乗せ、熊五郎は、舟を出す。
中には、行火(あんか)の炬燵(こたつ)。


雪が舞う、大川。寒い、寒い。


「なんだって、こんな寒い雪の夜に、仕事をしなきゃならねえぇんだ。
 『駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人』
 船頭なんてなぁ、つくづく、因果な仕事だ。」


妹、などといっていたが、そんなはずは、なかろう。
出すものが、出りゃ、こっちだって、文句はない。
出すんなら、早く出すがいいじゃねえか。


と、熊五郎は、酒手を催促しようと、舟を揺らし始める。
堪りかねた浪人は、熊五郎を、中へ呼ぶ。
娘は、炬燵で、すやすやと、寝ている。


浪人は、金儲けの話に乗らないか、と、いう。
この娘は、思った通り、妹なんかではない。
さる、石町(日本橋)辺の大店の娘である。
男の後を追って、親の金を盗んで、家を出てきたはいいが、
雪で難渋をしているところを、親切ごかして、連れて来た。
バッサリやって、持っている金を取って、ずらかろうと思ったが
人通りが多く、思うに任せず、舟に乗せた。
これから、どこかへ着けて、殺るから、手伝え。


いや、、、ま、ま、待ってくれ。
金は欲しいが、なにも人殺しをしてまで、欲しいわけじゃない。


なに。こんなことを、明かしたからには、お前も生かしてはおけない。
と、ギラッと、抜いた。


あ、わ、わ、わ、、わかった、、や、や、やるよ。
この先に、中洲※がある。そこへ着けるから、そこで、殺っちゃいましょう。


中洲へ舟が近付いてくる。
「旦那!、先に上がっちゃって・・。」
「よし。」
浪人が、中洲へ飛び移る。


と、熊五郎。竿を逆に、中洲へ突いた。
舟は止まり、もう一回突くと、舟は戻り始める。
浪人は、中洲へ置き去り。
「ざまー、みやがれ。てめえ、泳げねえんだってなー」


泣く娘をなだめて、家を聞き出し、連れて行く。
娘がいなくなったと、八方捜しているところへ、熊五郎が連れてきた。
家族は、大喜び。
おもてなしをしなければいけないところですが、
なにぶん、取り散らかしておりますから、と、
袋に入った金を出す。熊五郎は、見ている前でビリビリ破いて、
数えてみると、五十両の切り餅※が四つある


「百両、二百両。」


「静かにしねえか、熊公」



と、まあ、夢であった、ということである。


下げの、この形は、圓生師、金馬師のものである。
また、談志家元も、こうしている。
本来は、金をもらって、ありがてえ、と、金を握り締めると、
あまりの痛さに、目が醒める。すると、自分の金玉を握っていた、
と、いう、馬鹿馬鹿しい、下げであった。


この噺は、冬の夜、雪の降る、隅田川
そこで起こる、ドラマ。
そして、下げで、現(うつつ)に戻る。


元々の「金玉」の方が、落語らしい、という意見もあるが、
筆者は、かっこよさと、ドラマ性だけでも
充分存在価値のある噺ではあろうかと思う。




※中洲:中洲は、いまは、浜町の東の隅田川、河畔。
日本橋中洲。
江戸の頃は、文字通り、隅田川の中州で、あったところ。
また、このあたりの隅田川を、三又(みつまた)などともいった。
ちなみに、現在、ここに架かる清洲橋は、関東大震災後にできた。
対岸の清澄と、中洲を結ぶことから、名が付いている。
地図


※切り餅:紙で包んだ小判五十両の包みを、白く、
四角いところから、切り餅、と呼んだ。