11月26日(日)夜
冷凍庫に鴨肉があった。
例の鴨せいろヌキをやろうかと思って、
それっきり、凍ったままになっていたもの。
寒くなったし、久しぶりに、鴨鍋にしようか。
鴨鍋というのは二種類ある。
まあ、世の中にはもっとあるのだろうが、
拙亭では、ということである。
一つは、すき焼きのような甘辛の割り下で焼くもの。
ここに一緒に入れる野菜は、ねぎか芹。
あるいはその両方。
かもねぎなどといって、鴨に合わせるのはねぎが定番だが
昔から芹も一般的であった。
実際に芹も鴨によく合う。
もう一つは味付けはなにもせずに焼いて、しょうゆだけを
つけて食べる。
東日本橋の合鴨料理の老舗[鳥安]
はこのタイプ、で、ある。
江戸東京ではどちらも一般的であったのであろう。
そして、これは、またまた池波レシピ。
今回は「剣客商売」で、ある。
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おはるは、父親が持たせてよこした鴨(かも)の肉と、
見事な葱(ねぎ)を一束と、芹(せり)と、手打ちの饂飩(うどん)を
小兵衛の前へひろげ、
「お父つぁん、今日は、これをとどけに来るつもりでいたんだとよ、先生」
「何よりの御馳走だ」
小兵衛は、おはるに命じ、鉄鍋(かななべ)で葱と共に焼き、酒をふくませた
醤油(しょうゆ)につけて、食べることにした。
酒が出た。
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まったく、なによりの御馳走である。
ただのしょうゆではなく、酒をふくませた、とあるので
鮨やでにぎりに塗って出す、ニキリのようなものか。
鴨の鍋は甘辛もうまいが、このしょうゆだけをつけて食べる
というのもまた、うまい。特にねぎが堪えられない。
カチンカチンに凍っているので、軽くレンジ解凍をしておき、
前に書いたように伏せた鍋の上に置いておく。
自転車で竹町公園周辺に出て、2時間ほど。
ねぎだけを買って戻る。
用意はねぎと鴨を切るだけ。
しょうゆはニキリにはしないでそのまま。
しょうゆのみで、なんら問題はない。
あとは、カセットコンロとすき焼き用の小さな鉄鍋。
ねぎ。
鴨肉。
これだけ。
他のものは、一切入れない。
これも潔くてよい。
鴨肉から脂身だけを少し取って集めておく。
鉄鍋を熱し、この脂身を入れ、脂を出す。
脂がでたところで、肉とねぎを投入。
鴨の場合焼きすぎては絶対にいけない。
すぐに小っちゃくなって、堅くなってしまう。
ある程度色が変わったら、取って、しょうゆをつけて、
食べる。
肉もうまいのであるが、やはりねぎ。
それも、柔らかく、くたっとなったところに、
脂の染みている状態のもの。
鴨というのはかなり脂がある。
ただ肉だけで焼くと、この鉄鍋に大量に脂が出てくる。
一緒に焼くと、ねぎがこの脂を吸ってくれる、のである。
このねぎがまさに、堪えられない味。
あとからあとから、鴨肉を入れ、ねぎを入れ、
焼けたら、しょうゆをたらして食べる。
うまい、うまい。
鴨ねぎとはよくいったものである。
まさに究極の相棒。
江戸の頃、このような鉄鍋に、このように
ねぎと鴨を一緒に焼いて、しょうゆだけで
食べていたのはかなり確かなことではなかろうか。
先に書いた創業明治5年[鳥安]のことも然り。
(ただし今の[鳥安]はつくねも入るし、ピーマンなど
他の野菜も入る。また、しょうゆだけでなく、大根おろしも
出されて、おろしじょうゆになっている。)
なにしろ、鴨とねぎとしょうゆだけ。
鴨だけを調達できれば、千住ねぎ、岩槻ねぎなどといって、
白い長ねぎは江戸のどこの家にもあったろうし、
しょうゆも同様。
簡単であるし、とにもかくにも、最大のポイントは
うまい、ということ。
これがなによりの証拠ではないか。
むろん好みではあるが、甘辛にするよりは、
シンプルにしょうゆのみ、は、江戸っ子好み、
と、いってよい。
鴨南そばも、鴨せいろもうまいのだが、
鴨の食い方として、これが究極のうちの一つ、なのでは
なかろうか。