浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



浅草六区・翁そば

4104号

6月8日(水)第一食

今日は日が出た。
梅雨の晴れ間。

梅雨だから雨が降るのはあたり前で、米だったり
農作物のことを考えると、降ってもらわないと困る。
梅雨が好きという人もいる。
だが私は、やはり好きにはなれない。
気温も低いし、体調ももう一つ。
カラッと晴れた方がよい。
真夏の酷暑の方がまだましである。

ともあれ、今日は浅草。
晴れたが、気温はそう高くはない。

なにを食べようか。
特にあてもなくきたのだが。

六区。
東洋館、演芸ホール。

ん!、ちょいと肌寒いので[翁そば]だ。

ユニクロ、まるごとにっぽんの脇から右の路地に入る。
これはいっぷく横丁。
真っ直ぐ行くと[水口食堂]だが曲がってすぐの左側。
この横丁は小さな呑みやが軒を連ねている。

[翁そば]の創業は大正3年(1914年)という。
まだ関東大震災の前。
この年、東京駅の開業。
欧州は、第一次世界大戦が始まった年。

大正デモクラシー日露戦争後、自由と民主主義を
市民が自覚してきた頃。
そういえば、例のとんかつ独立の頃でもある。
本格的に人々が“近代”を感じられるようになって
きた頃、かもしれぬ。

浅草六区はどんな様子であったか。
以前に“新”「町歩き」で使ったこの頃の地図を
出してみよう。
台東区教育委員会浅草六区台東区文化調査報告第5集から
加筆、引用させていただく。

この頃の浅草六区

現代の地図も出しておこう。

今のユニクロのビル、その北のウインズと東の駐車場は
瓢箪池というなかなか大きな池であった。
そして、有名な当時の高層ビル浅草十二階(凌雲閣)
がまだあり、国技館もここにあった頃。
(ただ、国技館で相撲興行が行われたのはわずかで
大正6年(1917年)には日活に買い取られ劇場に
なっている。)

では興行街六区でどんなものが上演されていたのか。

明治の終わりに、活動写真が始まっている。
もちろん、無声映画活動弁士が台詞を喋る。
そして、大正に入り、浅草オペラと呼ばれる
歌劇が一世を風靡するようになった。
太平洋戦争後も長く健在であった田谷力蔵なんという
歌手は私も知っている。その他に、原信子、清水金太郎
なんという名前が残っている。
ただ、むろん、芝居を観たことがないし、動画も
残っているのかどうか。
オペラといっても、ほんものの欧州のものではなく、
アレンジした、日本語で歌い演じられるもの、と。
演目の名前だけを書いてみると「カフェーの夜」
「小唄コロッケー」。どんなものであろうか。
当時の現代劇のようではあるが。
ちなみにじゃがいものコロッケは家庭でも作られ
始めた頃。
それから「天国と地獄」(これはオッフェンバッハ作曲の
ほんもののオペレッタ「地獄のオルフェ」で長くヒット
したよう。)。また、風刺喜劇「トスキアナ」(どんなもの
かわからぬが、アナキストを逆さまに読んだもの。)
どん底」(ご存知、ゴーリキーの戯曲)。
こんなものも上演されていたようである。
やはり大正デモクラシーの時代といってよいのであろう。
こんなものが当時の大衆の支持を得ていた。

浅草オペラはその後の関東大震災で東京及び浅草の
壊滅と同時に衰退していき、ヒットは大正期の
15年程度であったのであるが。

さて、そんな頃に創業した[翁そば]

二時半頃だが、なかなかにぎわっている。
観光客もいるよう。
ここにきたら、なんといっても、カレーそば。

きた。

すり切り一杯のカレーそば。

太いそば。
かなりのレアもの、である。
肉は鶏で、そぎ切り。
豚でない、と、批判をする人もいるが、東京の
そばやには、本来豚肉はなかった。鶏南蛮、
ご飯ものの親子丼など、そばやの肉は鶏なのである。

カレー感は抑えてそばつゆの勝ったもの。

すすっていると、絽の着物姿のちょっと
只者ではなさそうな背の低い短髪の若い人が
入ってきた。演芸ホールに出演ている女流の
前座さんであったよう。

ここ、女性二人が店内なのだが、かなり腰が低い。
浅草の老舗というと、タカビーもまあ、ありがち。
だが、ここはとても感じがよい。

この日待っていると、向いの立ち呑みのご店主が店にきた。
短時間だからよいか、と、シャッターが閉まって
いたので私が自転車をとめてしまっていたのである。
慌てて私が出ていくと[翁そば]の女性が、あ、すみません、
と、出てきてくれて、こちら側に移してくれた。
こちらこそ、すみません。
立ち呑みのお父っつあんは、ちょいときただけで、
いいですよー、といっていたのだが。

同じようなことが、前に、浅草の別の店であった。
その店の若い女性は逆に困った人ですね~~、という
顔で、ここにとめてくださいね、と強く言われたことが
あった。まあ、わるいのはこっちなのだが、
客商売というもの、どちらが正しいのか。

ともあれ、ご馳走様でした。
うまかった。


03-3841-4641
台東区浅草2-5-3

 

 

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