浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

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13年をふり返って。その2 伊勢神宮の式年遷宮のこと

dancyotei2013-12-17


さて。



先日「13年を振り返って。その1」として、私が今年最も印象に残ったこと
「和食のユネスコ無形文化遺産登録」について書いてみた。


今日は、その2。


No.1は「和食」だったのであるが、No.2はなんであろうかと
考えてみて、なかなか決まらなかった。
競ったのは「東京オリンピック決定」と「伊勢神宮式年遷宮」。


どちらも今年を代表するニュースではあったと思うし、
また私自身考えさせられるニュースではあった。


「オリンピック」は一度書いているので
今日は「伊勢神宮」の方をを書いてみたい。


TVなどでもなん度も報道されたし、実際に伊勢神宮へ行ってみた
という人も周りにいたりし、話題であったのであろう。


また、伊勢神宮の陰に隠れてあまり報道されていなかった
ようにも思われるが、島根県出雲大社も平成20年から
平成の大遷宮」という遷宮行事が行われて今年完結している。


伊勢神宮の方は20年毎と決まって行われているが
出雲大社の方は60年ぶり、ということであるが、必ずしも
60年に決まっているわけでもないという。


遷宮、お宮を移す、というのはただ移すだけではなく、むろん、
新しく建て替えるということ。
伊勢地方では近隣に住む氏子の人々が社殿に使う御神木を曳く、
など、様々な形でこのお宮を建て替える、様遷宮行事に奉仕、
参加する。


お宮を一から建て替えるというこの式年遷宮という行事が
現代において行われているところは伊勢神宮くらいなのであろう。


先の出雲大社遷宮とはいえ、お宮を移すことは移すが、
現代的には社殿の修築が主たる目的のようではある。


まあ、費用も人手もかかり、こんな大がかりなことはなかなか難しかろう。


実は、私の母親は長野県の諏訪市の出身で、諏訪地方には諏訪大社という
伊勢神宮ほどではないが、大きな神社がある。
諏訪大社ではご存じかもしれぬが、7年に一度、御柱祭(おんばしらまつり)、
というお祭りが行われており、私も、二度ほど観に行ったことがある。


社殿の数の4倍の大きな丸太を八ヶ岳から切り出し、諏訪地方近隣の
氏子総出で曳き下し、4社あるお宮の境内に総計16本の丸太を立てる。


むろんこれは、新しくお宮を建てる代わりに、
4本の柱だけを立てるわけで、
遷宮の簡略化した姿といってよいのであろう。


遷宮。なぜこんなことをするのか。


建て替えまでせず、修築でよいではないか。
お寺などはこんなことはしない。


こうした定期的にお宮を建て替える、という習慣は、
私が学んだ民俗学的にいうと、
やはり、死と再生ということになるのであろう。


民俗学では日本人の生活をこの、死と再生で説明をしている。


例えば 、1年を半分に分け、1月と7月を区切りに、
死と再生を繰り返す、というもの。


正月は区切りとして分かりやすい。
大掃除をしてきれいになって新たな一年を迎える。
これを死と再生、とすれば分かりやすい。


皆さんも、なんとなくお正月には
そんな感覚を今でも、無意識のうちにも、持たれているのでは
なかろうか。


7月も、以前は正月に近い感覚があり
今に残っているのは、7月の衣替えという。


ともあれ。遷宮という習慣は、日本人らしい文化と
いってよいと思われる。


私が注目したのは、この伊勢神宮の行事に日本中の目が向き、
多くの人々がお伊勢参りに出掛けた、ということなのである。


今年お参りにきた人々は1,000万人を越え、過去最高。
伊勢に人々を運ぶ近鉄は、この式年遷宮効果で業績予想を
上方修正している。


また、規模はそこまでではなかろうが、
NHKでやっていたのでご覧になった方もおられようが、
別名縁結び列車という、出雲行きの寝台特急は人気で
切符は入手困難らしい。


これは、なにも伊勢や出雲に限った話ではないのかもしれない。
いわゆるパワースポットブームというのであろうか、
このところ、未婚女性を中心にした、縁結びなどに
霊験あらたかな寺社などへのお参りが流行している。


今年のお伊勢様の式年遷宮に耳目が集まったのは、
そうしたお参りブームの一つという側面もあろう。


しかし、お伊勢様はどうも、未婚女性だけではなさそうである。
おそらく時間のあるリタイアした中高年層なども巻き込んだ
大きな動きなのではなかろうか。


もっというと、これ、時代の気分のようなものに思えるのである。


時間があれば、皆、お参りに行きたいのではなかろうか。


これは、いわゆる昔からの神信心(かみしんじん)というのとも
ちょっと違っていよう。


自分達のルーツに会いにいって、なにかを確かめたいのではなかろうか。


日本人にとっての神様は元来、身近なものであった。
祖先といってもよいような、あるいは山であり、川であり、木であった。


そういった神、それは文字通り、自分達のルーツ、で、ある。


自分達がどこからきてどこへいくのか。
そんなものを探し、あるいは確認をしにいく、のではなかろうか。


戦後も早、70年になろうとしている。


団塊世代を中心にそんなこととは無縁に走ってきたのが
我が国であろう。


都市民に対して、土から離れた不安ということを
民俗学の祖、柳田國男先生はいった。伊勢神宮式年遷宮
向かう人々は、団塊世代以降の、神から離れた不安、ということ
なのかもしれない。