前回に引き続き今日も、フィクションのつづき。
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「仲がいいのね」
と、二人のやり取りをきいていたお駒。
「腐れ縁だよ」
五
お駒が母と住む阿部川町は、下谷方向に新堀川を渡ったところで、
柳治の住む長屋は通り道。
奥山から南へ足を向けると右手向こうに門跡こと浅草本願寺の銀色の
大屋根が見える。
二人が歩いている奥山からの通りは、現代において国際通りと呼ばれて
いる通りで、この頃は道幅こそ狭いがほぼ同じところを通っている。
通りのすぐ向こうは誓願寺(せいがんじ)というちょっと大きな寺。そして、
誓願寺のその奥もずっと寺で、このあたりから東側と南側は広い寺町。
明暦(江戸開府から五十五年、四代将軍家綱の頃)の大火以降、江戸の
都市としての発展とともに中心部にあった寺々が当時はまだ郊外であった
浅草界隈にまとめて移転してきて、寺町になったのである。
江戸市中の寺は門前に長屋を建てて町人に貸したり、また、寺は寺社奉行の
管轄で、町奉行の管轄外になっていることから、こうした家は岡場所、つまり
もぐりの娼婦街などになっているところが少なくなかった。
誓願寺は寺を囲むように門前長屋が建てられている。本願寺の裏なので
門跡裏とも、誓願寺店(せいがんじだた)とも呼ばれている。誓願寺店は界隈
でも名代(なだい)の貧乏長屋。小さな子供を抱えた母が貧乏を苦に首を括る
という場面がある『唐茄子屋政談』という噺。これはここ誓願寺店を舞台に
している。
そういうわけで長屋の住人は皆々、そうとうな貧乏人。柳治がここに住んで
いるのは、ご多分にもれず金がないというのもあるが、寄席の多い浅草や下谷に
近く、たまたま空店があったのでもぐり込んだ。隣の緒方のご隠居などはこの
気楽さがよいと気に入って住んでおり、長屋の人々にも慕われ、頼りにもされ
ている。
通りから右に曲がったところが柳治の住む長屋の棟。
入口には一応のところ木戸がある。
「じゃあ、柳治さんまた明日」
「うん、お疲れ様」
お駒と別れ家に戻り、隣の緒方のご隠居に声を掛ける。
「おお、柳治さん、今帰ったか。
たいへんじゃよ。さっきなあ、お前さんが気にしていてくれてたからと
いうんで、向島の[大七]から使いがあったんじゃ。また、骨が見つかった
そうじゃ」
「え?
ああ、やっぱり。二度目ですね」
「そうじゃな。旅の出家が言っていたのが誠になったのか」
「ご隠居、ちょいとあっし、行ってきます」
「おお、そうじゃな。お玉にもよろしくな」
長屋に高座着の風呂敷包みを置くと、そのまま駆け出した。
夕暮れも近いが、まだ明るい。
[大七]へ着くと、もう夜のお客が入り始めており、裏方は大忙し。女将
(おかみ)のお玉呼んでもらう。広い[大七]の台所口で立って待っている
とほどなくお玉が出てきた。
「あ。女将さん、お使いをいただいて。
また出たんですね」
「そうなんですよ。柳治さんが気にされていたんで、緒方の叔父へ伝えたん
ですよ」
「それでお骨は?」
「ええ。先ほどまで小梅の親分がきていて、お調べがあったんですけどね。
今は一度お帰りになって」
小梅の親分というのは、向島界隈を縄張りにしている目明し、十手持ち
のことであろう。骨は庭の隅にある作業小屋だという。
その小屋は庭仕事の諸道具やらが仕舞われ、庭まわりの仕事をしている
五平という初老の男の寝泊りしているものでもあった。
柳治は声をかけてから小屋の板戸を引き開ける。五平は土間の方でなに
やら手仕事をしている。柳治は今朝[大七]へきたとき、五平にも顔を合わ
せていた。
「五平さん、またですか」
「そうよ。お前さんこそもの好きだな。またきたのか」
「へえ。なんたって、噺にある野晒しでござんすからねぇ」
「また、方々で、言いふらすんじゃねえぞ。女将さんの知り合いだってんだから
信用はしてるけどよ」
小屋には五平の寝ている三畳ほどの板の間があり、そこに小さな文机が置かれ、
今日見つかった骨は既に壺に入れられて置かれ、供養のための線香が煙を上げて
いた。
五平に聞くと、見つかったのは今日の昼すぎで、今度も、大川からつながっ
ている[大七]の入掘。一つ目は若い者が釣りをしていて見つけたが、今度は
お客を送ってきた船頭が舟着きのあたりで見つけたという。
お客は馴染(なじみ)客。本所相生町の蝋燭屋の主人とその近くに住む俳句
仲間の絵師。舟は同じく相生町河岸の舟宿のもので、船頭も顔馴染ということで、
不審なところはないという。
「あの、五平さん、ちょいと、お骨を見せてもらってもいいですかね」
「馬鹿、もの好きにもほどがあるぜ。そんなもんを見るもんじゃねえ。
俺だってこうやって番をしてるだけでいい気がしねえのに」
「いいじゃねえですか。ちょいと。ね。
あ、これ、少ねえけど」
柳治は袂(たもと)から銭を出して、五平に握らせる。
「まったく、もの好きだなぁ」
柳治は骨壺を開けてみる。
つづく