浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



野晒し その14


引き続き、断腸亭フィクションシリーズ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


前回



 このような実際の処分は随分あとのことになるが、裁きの方向がこんなもの


であろうという見通しを話してくれた。


 吉田与力の調べは迅速に行われ、数日で終わり、音松、三吉の兄弟は密かに


お縄になり大番屋へ送られた。調べの決定的な証拠は奥山の生人形の小屋に三


吉が作った髑髏の偽物のうち、三回目に置くことにしていたものが見つかった


ことであった。


 こうした経緯は調べが終わり、兄である吉田与力に呼ばれ聞かされた。すべ


てが内々のこと、であり[大七]へも伏せねばならなかった。


源蔵は


「お前も[大七]には早く安心をさせてやりたかろう」


「そうですよ、兄上。放っておけば、いつまでも心配しますし、三つ目が現れ


ると思ってますから」


 柳治は兄の前にでれば、自然と武士の兄と弟という関係になる。長屋に暮ら


噺家と不思議と使い分けができている。


「そこをうまく安心できるように言ってやってほしい。よいか。すべてはなか


ったこと、だぞ」


「役人なんというのは、そんなものなのですね」


「仕方なかろう。そういうもんだ。お前だって、私にもしものことがあれば、


この吉田の家を継いでもらわねばならんのだぞ。そのへんの事情はお前も


察しろ」


「わかりました。


 まあ、私が申し上げたら早手回しに動いていただけことは恩に着ます」


「そうじゃ、いってこい、ってやつだろう」


 小さい頃からお互いに、兄弟として顔は知っていたが、育った家が別々。片


や八丁堀の与力の家、片や金杉村の大百姓の家。親しく話をするようになった


のは、大人になってからのこと。だが、むしろ、だからであろうか、不思議な


ことに仲はよい。


 柳治が説明をしなければならないのは[大七]の前に緒方のご隠居であった。


緒方のご隠居は[難波屋]のことも柳治とともに目撃をしている。兄、吉田与力


の指揮による隠密捜査の前に、兄の指示で緒方のご隠居には[大七]の女将であ


るお玉さんにも内密に、というお願いをしてあった。だが、事件の全貌のある


程度のことは緒方のご隠居には話さざるを得なかろう。まさかに、ご隠居が言


いふらしもすまい。


 浅草門跡裏の長屋へ戻り、緒方のご隠居にあらかたの話はしてしまう。


「なるほど。[泉屋]への憚りか。


 大人の決着というやつか」


「はあ、まあ、町奉行所などというところは、いろいろ気を使わなけりゃいけ


ないもんで」


「で、お玉にはなんという」


「そうなんですよ。とにかく下手人は見つかって、お縄になったので安心して


いただきたい、ってのと、どこの誰が関わっていたってのは、ある筋に差しさ


わりがあって内密になっているから聞かないでほしい、ってところですかね」


「なるほど、わかった」


「で、緒方のご隠居も、お玉さんにもなに分、ご内密にしていただければ」


「わかった、わかった。黙っておる。まあ、[大七]のあんな近所の家が嫌がら


せをする、なんというのは、その本人の番頭はお縄になったがこの先[難波屋]


との付き合いもぎくしゃくするわな。なにも知らない方がよかろう。


 しかし、なんじゃのう。新次郎というのか、[難波屋]の主人も、若気の至り


などというが、困ったものじゃのう。大店のお坊ちゃんを独り立ちさせるのも


なかなかたいへんじゃ。天下の[泉屋]にまで迷惑をかけて。その、大坂の親父


様も[泉屋]にそうとうな義理ができたのう。


 ま、とにもかくにも、柳治さんの兄上のお蔭でお玉の家も、大事なく済んだ、


ということじゃ。私からも礼を申します」


「いえいえ。でも、ちょっと、おもしろかったですね。あの骨がまさか、作り


物とは思わなかった」


「うん、そうじゃのう。わしも、今度、向島若い女子(おなご)の骨を釣り


にいってみるかな。」









いかがでしたでしょうか。



「野晒し」という落語と同様のタイトルのみで、それらしいものも付けずに


書いてきました。



今までは、基本ノンフィクションの日記的なものを書いてきましたが、


フィクションは今回のものが生まれて初めてです


麗々亭柳治という若い噺家を主人公に、実際の『野晒し』という噺を下敷き


にしながらも、別のお話で、あまり荒っぽくない軽い謎解き的なストーリー


にしてみました。



今までの日記では、改行、句読点の打ち方など、PCの画面などで読む前提で


読みやすさを考えて書いていますが、今回のものは縦書き、原稿用紙体裁で


書いており、それをそのまま横書きにしているだけで、いつものもの日記と


は、若干体裁が異なっています。見た目にはこんな違いがあります。



主人公の麗々亭柳治というのは、この頃実際にあった名前で、師匠の柳橋


二代目で亭号は麗々亭ですがこれは、後には現代まで続いている、春風亭柳


橋となる名前です。噺家の名前などは実際のものですが、それ以外は基本フ


ィクションとお考えいただければ幸いです。



書き始める前にある程度の設定や構成は考えましたが、書きながら考えてい


た部分もあって、なんだか無駄に長くなってしまったような気もしています。



ただ自分自身、日記とはまた別に、書いていてもなかなか楽しめたのは意外


ではありました。(むろんアイデアを考えるのはたいへんなことではありま


すが、それを含めて。)