引き続き、断腸亭フィクションシリーズ。
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このような実際の処分は随分あとのことになるが、裁きの方向がこんなもの
であろうという見通しを話してくれた。
吉田与力の調べは迅速に行われ、数日で終わり、音松、三吉の兄弟は密かに
お縄になり大番屋へ送られた。調べの決定的な証拠は奥山の生人形の小屋に三
吉が作った髑髏の偽物のうち、三回目に置くことにしていたものが見つかった
ことであった。
こうした経緯は調べが終わり、兄である吉田与力に呼ばれ聞かされた。すべ
てが内々のこと、であり[大七]へも伏せねばならなかった。
源蔵は
「お前も[大七]には早く安心をさせてやりたかろう」
「そうですよ、兄上。放っておけば、いつまでも心配しますし、三つ目が現れ
ると思ってますから」
柳治は兄の前にでれば、自然と武士の兄と弟という関係になる。長屋に暮ら
す噺家と不思議と使い分けができている。
「そこをうまく安心できるように言ってやってほしい。よいか。すべてはなか
ったこと、だぞ」
「役人なんというのは、そんなものなのですね」
「仕方なかろう。そういうもんだ。お前だって、私にもしものことがあれば、
この吉田の家を継いでもらわねばならんのだぞ。そのへんの事情はお前も
察しろ」
「わかりました。
まあ、私が申し上げたら早手回しに動いていただけことは恩に着ます」
「そうじゃ、いってこい、ってやつだろう」
小さい頃からお互いに、兄弟として顔は知っていたが、育った家が別々。片
や八丁堀の与力の家、片や金杉村の大百姓の家。親しく話をするようになった
のは、大人になってからのこと。だが、むしろ、だからであろうか、不思議な
ことに仲はよい。
柳治が説明をしなければならないのは[大七]の前に緒方のご隠居であった。
緒方のご隠居は[難波屋]のことも柳治とともに目撃をしている。兄、吉田与力
の指揮による隠密捜査の前に、兄の指示で緒方のご隠居には[大七]の女将であ
るお玉さんにも内密に、というお願いをしてあった。だが、事件の全貌のある
程度のことは緒方のご隠居には話さざるを得なかろう。まさかに、ご隠居が言
いふらしもすまい。
浅草門跡裏の長屋へ戻り、緒方のご隠居にあらかたの話はしてしまう。
「なるほど。[泉屋]への憚りか。
大人の決着というやつか」
「はあ、まあ、町奉行所などというところは、いろいろ気を使わなけりゃいけ
ないもんで」
「で、お玉にはなんという」
「そうなんですよ。とにかく下手人は見つかって、お縄になったので安心して
いただきたい、ってのと、どこの誰が関わっていたってのは、ある筋に差しさ
わりがあって内密になっているから聞かないでほしい、ってところですかね」
「なるほど、わかった」
「で、緒方のご隠居も、お玉さんにもなに分、ご内密にしていただければ」
「わかった、わかった。黙っておる。まあ、[大七]のあんな近所の家が嫌がら
せをする、なんというのは、その本人の番頭はお縄になったがこの先[難波屋]
との付き合いもぎくしゃくするわな。なにも知らない方がよかろう。
しかし、なんじゃのう。新次郎というのか、[難波屋]の主人も、若気の至り
などというが、困ったものじゃのう。大店のお坊ちゃんを独り立ちさせるのも
なかなかたいへんじゃ。天下の[泉屋]にまで迷惑をかけて。その、大坂の親父
様も[泉屋]にそうとうな義理ができたのう。
ま、とにもかくにも、柳治さんの兄上のお蔭でお玉の家も、大事なく済んだ、
ということじゃ。私からも礼を申します」
「いえいえ。でも、ちょっと、おもしろかったですね。あの骨がまさか、作り
物とは思わなかった」
「うん、そうじゃのう。わしも、今度、向島へ若い女子(おなご)の骨を釣り
にいってみるかな。」
了
いかがでしたでしょうか。
「野晒し」という落語と同様のタイトルのみで、それらしいものも付けずに
書いてきました。
今までは、基本ノンフィクションの日記的なものを書いてきましたが、
フィクションは今回のものが生まれて初めてです
麗々亭柳治という若い噺家を主人公に、実際の『野晒し』という噺を下敷き
にしながらも、別のお話で、あまり荒っぽくない軽い謎解き的なストーリー
にしてみました。
今までの日記では、改行、句読点の打ち方など、PCの画面などで読む前提で
読みやすさを考えて書いていますが、今回のものは縦書き、原稿用紙体裁で
書いており、それをそのまま横書きにしているだけで、いつものもの日記と
は、若干体裁が異なっています。見た目にはこんな違いがあります。
主人公の麗々亭柳治というのは、この頃実際にあった名前で、師匠の柳橋は
二代目で亭号は麗々亭ですがこれは、後には現代まで続いている、春風亭柳
橋となる名前です。噺家の名前などは実際のものですが、それ以外は基本フ
ィクションとお考えいただければ幸いです。
書き始める前にある程度の設定や構成は考えましたが、書きながら考えてい
た部分もあって、なんだか無駄に長くなってしまったような気もしています。
ただ自分自身、日記とはまた別に、書いていてもなかなか楽しめたのは意外
ではありました。(むろんアイデアを考えるのはたいへんなことではありま
すが、それを含めて。)