浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



上野・蕎麦・翁庵

dancyotei2009-08-02


7月28日(火)夜


夕方、狭山の方の工場で会議。


むろん直帰、なのであるが、帰り道、いつもは、
西武線狭山市駅までの社バスに乗って、池袋経由で
帰ってくるのだが、今日は、二台出ているバスを乗り間違え、
JRの川越にきてしまった。
(どちらが実際には、近いのか、よくわからぬが、
なんとなく、駅が近い狭山市駅を使っていた。)


川越、と、なると、、川越線、大宮乗り換えで、
東北本線経路で、20時前、上野まで戻ってきた。


なにを食べようかと、考える。


今日も曇りがちであったが、蒸し暑く、
疲れた。


ちょいと、呑んで食って帰りたい。


上野駅に降りると、不思議と、御徒町の方へは
足が向かない。


久しぶりに、蕎麦の、翁庵にでもいってみようか。


翁庵というのは、まあ、町の蕎麦や、というところ
なのであろうが、ありそうで、ない、
この界隈ではよい蕎麦や、で、ある。


場所は、上野駅前、昭和通りを渡り、浅草通り、
上野警察前の交差点、南側、で、ある。


一度出したものだが、江戸の地図。





右の方に、廣(広)徳寺、という大きな寺がある。


ここから少し北の、朝顔市で有名な、入谷の鬼子母神
おそれ入谷の鬼子母神、と、いう言葉があるが、
このあとには、


びっくり下谷の広徳寺。


と、いうのが続くのだが、その広徳寺。
昔は、このあたりのランドマークであった。


(ついで全部を紹介すると、「どうで有馬の水天宮、
志やれの内のお祖師さま、びっくり下谷の広徳寺、
うそを築地の御門跡」、と、続く。これが蜀山人のものである、
ともいわれるが、今のところその証拠は発見できていない。)


で、その、広徳寺の広大な寺域があり、その門前が、
今の浅草通り。


広徳寺の場所は、今の上野警察と台東区役所。
江戸の地図にみえる、上野の山、寛永寺塔頭などがあり、
そこから「車坂町」あたりまでは、
今は、上野駅と駅前の広場、昭和通りになっている。


今の翁庵の場所は、この通りの『長坂彦八郎』、あるいは、
『中川鉄七郎』とある、旗本(御家人)屋敷あたりだと
思われる。



この翁庵がよいのは、第一に、建物。





戦前のものではないとは思われるが、
日本建築。


また、気取ったところは、まったくなく、
昭和から、時間が止まったような店の中。
だけれども、蕎麦がうまい、ということ。


こういう蕎麦やは、昔は、たくさんあったんだろうが、
今となっては、ありそうでない。
よい蕎麦や、で、ある。


夜も、そばやにしては、比較的閉めるのが
遅いのもよい。


歩道橋を渡って、浅草通りまできて、翁庵。


入ると、呑んでいる人もおり、まだまだにぎわっている。


奥のあいたテーブルに座り、まずはビールを頼む。


つまみはなにがよかろうか。
品書きを見ながら考える。


と、不思議なものに目がとまった。


「油揚げ」。


なんであろうか、これは。
前からあったろうか。
お稲荷さんである、下谷神社にも近いので、
こういうものがあるのか。


聞いてみると、油揚げを甘辛く煮たもの、という。
きつね、の、揚げ、ですか?
と、聞くと、いや、そうではない、と、いう。


だがまあ、いずれ、似たようなものではあろう。
もらってみる。


きた。





きつね、の、揚げと、どこが違うのか、
よくわからぬ。


食べてみる。
甘辛の味付け。


そばやでも、こんなつまみは、初めて、で、ある。
だが、こんなものでも、うまいもの。
つまみには、なる。


そばは、ここでは、ねぎせいろ、に、決まっている。


いかの入った、小さなかき揚げが、つけ汁に
浸っている盛りそば、で、ある。
これも、まず、他ではお目にかかったことはない。
ここにくる、お客のおそらく、半分以上は
これを頼んでいると、思われる。


大盛もあるが、頼んだのは、普通のもの。


こんな感じ。





この、ちょっと、緑がかった、細めのそばがまた、
うまい。


食い終わり、
勘定をして、店を出、元浅草まで、
ぶらぶらと、帰る。




上野、翁庵、〆て、希少な、そばや、で、ある。








住所 台東区東上野3丁目39−8
TEL 03-3831-2660





※おわびと訂正、それから、私の立場について


7/30(木)配信分「隅田川花火と蔵前いせやの天サンド」
で、江戸の頃の花火屋の件、失火して、取り潰しになったのは
鍵屋ではなく、玉屋でした。お詫びして訂正いたします。


談志家元の「たがや」の枕で引かれていたものを、玉屋と
鍵屋、完全に取り違えて覚えていました。
取り潰されている方の店の名を、褒めるというのは、
江戸っ子の人情であった、というような説明を
談志家元は、書かれています。


毎度、できるだけ慎重に推敲、引用等についてはできるだけ
原典をあたるように努めていますが、それでも毎日のこと、
誤字脱字、大間違いも、過去にも多々あり、ある意味、
これは避けられないこととも思っております。


読者の皆様には、何卒、温かい目で(?)お読みただきたく、
ご了承いただければ幸いでございます。



また、明らかな間違いについては、確認でき次第、
すみやかに訂正いたします。


しかし、当断腸亭料理日記は、当然のことですが、
あくまで、私の日記であり、私の考え、意見、感じたことを、
私個人の責任で、書いており、公平、公共な情報をお伝えする、
案内的なものを目指しているものではないことを
ご理解いただきたく、お願い申し上げます。