浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



浅草千束・おでん・大多福

dancyotei2014-01-27


1月20日(月)夜

例によって栃木から帰宅。

いつもはスペーシア東武の浅草駅までそのまま乗ってくる
のであるが、今日は北千住でTXに乗り換えて国際通りにある
TXの浅草駅から地上に上がってきた。

6時すぎ。

TXに乗り換えたのはたいした理由もないのだが、
ちょっと時刻が早かったから。

さて、なにを食べようか。

寒いので久しぶりにおでんの[大多福]へ行こうか。

[大多福]は浅草千束にあるが関西風のおでんやの老舗。
創業は大正4年

なんだかもう、おでんについて関東風、関西風という言い方も
あまり意味がなくなっているような気もする。

おでんといえば、コンビニに一年中あるが、
これらのおでんは皆、澄んだつゆの関西風。
東京などではもはやこれがスタンダードである、ということに
疑いを差しはさむ人はいなかろう。

若い人などは東京生まれでもしょうゆの濃い純東京風おでん
というのを知らない人も少なくなかろう。

東京風のしょうゆの濃いつゆで煮込んだおでんというのは、
完全に駆逐されてしまった、と、いうことか。

国際通りを北上し、言問通りを向こう側に渡って左。
[大多福]は言問通りを少し行った右側。

入口の幅は一間半ほどであろうか、左右に植え込みなどある細長いところが
数mあって[大多福]の大きな提灯の下がった玄関になる。



押して開ける観音開きの硝子戸を開けると、すぐにカウンターが奥へ続いている。

奥に向かってカウンターは左へ折れさらに左の奥は比較的広い
座敷とテーブル席がある。
入口側が狭くうなぎの寝床のようになっており中が広い
という不思議な造り。

一人というとカウンターが左へ折れた一番端へ。

座って、今日はビールではなく、お酒お燗を頼む。

腹も減っているので、おでん。

カウンターの前におでんの鍋はある。

ちくわぶ、つみれ、すじ、がんも。



最初に頼むねたは、いつもこのあたりに決まっている。
ちくわぶ、すじは、東京オリジナルのねた。

私にとっては、久しぶりに澄んだつゆのおでんである。

関西風の澄んだつゆであるが、意外に塩分は濃いように
感じられる。

だが、うまいので、つゆも飲み干す。

二回目の注文。



ねぎま、小玉ねぎ、大根。

ねぎまは、ねぎとまぐろ。

この澄んだ関西風のつゆは、ねりものよりも野菜に合っている
のではなかろうか。特に小玉ねぎなどは、予想通りうまい。

またまた、つゆは飲み干す。

大分腹も一杯になった。

玉子。



玉子も澄んだつゆでわるくはないが、
しょうゆ味の方が玉子にはより合っている、
のではなかろうか。

やっぱりつゆを飲み干す。

これで勘定。

3000円ちょい。

この店は、おでん以外の肴を頼むと、かなり高めだが、
おでんだけならば、こんなところ。

ご馳走様でした。

帰りは言問通りからタクシーで帰宅。

さて。

関西風のおでんというもののこと。

やはり、うまい、のではあるが、これは純東京風の
しょうゆの濃いおでんと比べると、むしろ、別の料理、
と、考えた方がよいのだろう。

東京風のおでんといえば、日本橋や銀座にある[お多幸]。
日本橋

それから、池之端[多古久]が私がいつも行くところ。

特に日本橋[お多幸]などのものは真っ黒、で、ある。

私などは母は長野県の出身だが、今の大井町あたりの出の、
父方の祖父母ともにいる家で育ったため、まあ上品ではない
東京の味であった。
魚の煮付けなどでも、砂糖はおろか、みりんさえも入れずに
せいぜい酒だけで、文字通りしょうゆで煮〆た真っ黒な
ものであった。

日本橋[お多幸]のおでんのつゆは、しょうゆのみで、
他のものは水以外一切入っていない、という。

甘味なしの濃口しょうゆで真っ黒、というのが、上品ではない
(下町の?)東京のスタンダードな煮物だったのである。
おでんもそうした煮物の一つであったのである。

だから東京本来のおでんは真っ黒。

江戸落語におでんというのは、出てくるのだが、
「“煮込みの”おでん」という言い方をしている例がある。(「お花半七」)
これはそれ以前の焼いた豆腐などに味噌を
塗って食べる田楽と区別するためのものかと思われる。

落語が生まれたのが文化文政以降で“煮込み”のおでんが
生まれたのも文化文政以降、幕末までなのではないかと、推測できる。

明治に入り、この煮込みのおでんが関西に伝わり、
上方風のつゆで煮込んだ“関東炊き”になり、この[大多福]が
創業した明治末から大正の頃、上方から東京に逆輸入されてきた。
この時期、いわゆる京料理など上方料理がドッと東京に流入し、
それ以前の[八百善]などを代表とする江戸伝統の会席料理は
あっという間に駆逐されていった。

江戸東京の味というのは書いている通り濃口しょうゆが基本。
これは江戸周辺は関東ローム層、赤土でうまい野菜ができず、
これを補うためにうま味成分の多い濃口しょうゆが生まれ、江戸の味の
スタンダードになったという。

私は料理として京料理のレベルはおおいに認めるべきもので
だからおそらく江戸料理は勝てなかったのもむべなるかな。
うまいものは、うまい。

ただ、やっぱり、しょうゆ真っ黒で育ったものだから、
それはそれ、これはこれとして、真っ黒なものが、
懐かしい故郷の味であるし、うまいわけで、ちゃんと残ってほしい、
と、思うのではある。


大多福

住所:東京都台東区千束1-6-2
電話:03-3871-2521