1月24日(水)夜
寒い。
むろん、もっと寒いところはあるのであろうが、
東京としてはそうとうに寒い。
日が落ちると、一桁前半。
こうなると、おでん。
そして、燗酒、で、ある。
おでんとなると、私にはしょうゆで色が付いた、
純東京風の[お多幸]で、ある。
日本橋をはじめ[お多幸]もなん軒かあるのだが、
ちょっと久しぶりに、新橋に行ってみようか。
同じ[お多幸]の屋号を名乗っているが
銀座八丁目、神田、新宿はグループで日本橋、新橋は
それぞれ独立しているようである。
新橋駅で途中下車をして烏森口を出る。
以前は銀座との境目の高速脇にあったが、
今は、烏森を出て、二本目の南北の通り(赤レンガ通り)、
これを左に曲がって少し行って、ビルの地下。
7時半前、到着。
紺の暖簾を分けて格子を開けて入る。
中に二人×二組ほど待っている。
ここまできて、他の選択肢はあり得なかろう。
列に着く。
見るとカウンターに一人ぐらいは座れそうだが、
やはり順番を守ることにしているのであろう。
ただ、おでんやである、回転は速そうである。
10分、15分ほどで座れた。
予想通り、カウンターの角の席。
おでん鍋の前。
お酒お燗を頼んで、すぐにおでん鍋の向こうの
ご主人(?)に頼む。
すじ、ちくわぶ、つみれ。
すじはもちろん、練り物の。
関西風の牛筋もあるので必ず確認される。
目の前なので、すぐ。
この色の黒いのが純東京風。
よく、おだし、なんというが、勘違いをしてはいけない!。
これは出汁ではない。しょうゆ、で、ある。
以前に旧銀座の店(今の日本橋の前身だと思われる)のレシピを
どこかで見たことがあるが、酒すら入れず、しょうゆ(と水)のみ
であったと思われる。しょうゆはむろん濃口。
もちろん、練り物やら様々な具材から味は出るが。
関西風のおでんは、鰹やら昆布やらから取った文字通り出汁で
煮込んであるものだが、純東京風はほぼしょうゆの煮〆(にしめ)。
私の家もそうであったが、東京の庶民の家庭の煮ものというのは
野菜でも魚でも出汁など取らなかった。入れても、せいぜい酒くらいで
ほぼしょうゆのみ。(むろん砂糖も、みりんすら入れない。
私の父親などはとにかく甘いのを嫌った。)
こういうものであったのである。
そう思えば、この真っ黒はなんら不思議はない。
そして、最初に頼むのは、もう長らくこの三品に決めている。
すじ、ちくわぶは東京オリジナルのおでん種である。
つみれは、好物なので。
この三品を最初に頼むと、お客さんは東京の人ですか
と聞かれることもあるくらい、で、ある。
燗酒はすぐにきた。[お多幸]はどこも菊正。
しょうゆの濃い味には辛口の菊正。燗酒にも相性がよい。
ここのつみれは、ゆずであろうか、ちょっと香りがよい。
次は、豆腐とがんも、それからねぎま。
ねぎまは、ちょっと時間がかかります、とのこと。
がんもがうまい。
とてもしっかりしている。
豆腐はもう少ししょうゆが染みてもよいか。
ねぎまもきた。
焼鳥のネギマではなく、ねぎとマグロ。
かかっているのは、粉山椒。
それこそ、江戸の頃、まだまぐろが安かった頃、
脂っこいまぐろをねぎと共にしょうゆの鍋にしていたのが
元来のねぎま、である。おでんやにあるのはその名残、
と、いってよいか。
次は、ごぼう巻と里芋。
子供の頃は、さつま揚げ系統のものは
あまり好きではなかったが、最近やっと好むように
なってきた。
そして、里芋。
八頭(やつがしら)などの場合もあるが、元来の東京おでんには
欠かせない。志ん生師の落語「替り目」にもおでん種として登場する。
いわゆる里芋の煮っ転がしも然りだがしょうゆの濃い味を付けた
里芋は、うまい。
このようなしょうゆで煮〆た“煮込み”のおでんの前身である
味噌をつけて食べるおでん(田楽)も豆腐、こんにゃく、
に加えて里芋もよく食べられていた。これの名残ではないかと
考えている。
酒二本を呑んで、これで大方腹はよいのだが、貼り紙を
見つけて食べてみたくなったのが「半熟飯」なるもの。
玉子はおでんとして煮たものがあるのだが、この玉子を半熟に
したものを、茶飯にのせたのが半熟飯。魅力的である。
頼んでみた。
茶飯というのはなぜだか、東京のおでんやには昔から
置いているものであった。具もなにもない、しょうゆ味
(おでんのつゆ?)をちょっとつけただけのご飯。
日本橋の[お多幸]では茶飯におでんの豆腐をのせた
「とうめし」というのが名物になっている。
そのバリエーションといってもよいかもしれぬが、
単に玉子をのせるのではなく、半熟にする、というのは
アイデアである。B級としてもセンスがよい。
これは予想通り、うまい。
ここは客あしらいもよいのだが、こういうものを考え付く
というのは[お多幸]の中でも新橋はちょっと
違っているように思われる。
これで、勘定。
おでんやというもの、おでんだけ食べれば、
そうそう高くはつかない。
ご馳走様でした。
うまかった。
この寒さ、まだまだ待っている人はいる。
さっと呑んで、食べて、帰る、のがよろしかろう。
港区新橋3-7-9 カワベビルB1
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