浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



小島町・うなぎ・やしま

4564号

5月18日(土)夜

さて。

そろそろ季節、で、ある。

なにかというと、うなぎ。

うなぎのほんとうの旬は、脂がのる冬の前、晩秋、
なのだが、やはり、夏が近づくと、食べておきたくなる。

まあ、もちろん、うなぎなぞ、年がら年中
うまいし、食べたくなる、のだが。

久しぶりに、内儀(かみ)さんが、ご近所
やしま]に土曜日、予約を入れた。

土曜日は休んでいることが多いのだが、
開けていたよう。

拙亭から、最も近い飲食店の一つ。

ここに通い始めて、どのくらいになるのだろうか。
ここに引っ越してきてからなので、20年程度には
なるかもしれぬ。
様々、長いお付き合いになっている。

小島町交差点、小島町交番の隣。

小島町なんと聞くと、どこにでもありそうな
町名と思われようが、侮(あなど)ることなかれ、
歴とした江戸初期寛永からある町名。
湿地であったこの界隈を開いた者の名前に由来するよう。

小島町の北側の私の住む七軒町もそうだが、
江戸期には浅草ではなく、下谷小島町、下谷七軒町
下谷の名前で呼ばれていた。
江戸期には下谷なのか浅草なのか、公的な呼称でも
なく、自然発生的な俗称といってよいのだろう。
明治になり、下谷区浅草区の境界を決める際に
七軒町も小島町も浅草側に入れた、というわけで
明治から浅草に入っている。

17時。

内儀さんと出掛ける。

入って、ご挨拶。

さすがに、口開け、一番乗り。

座敷に上がって、窓側のお膳へ。

注文は、いつも決まっている。

ビールと、白焼き一人前、お重二人前。
うなぎはどちらも小さい方。

お姐さんが、肝焼き、一本ならできます、と。

ありがたい。じゃ、一本お願いします。

肝焼き、というのは、一般にうなぎやでは
ほぼない。
なぜであろうか。
うなぎやは、基本生きたうなぎをさばくが、
自分のところで出す蒲焼の分だけであろう。
なん匹さばいたら一本分になるのかわからないが
一本分で意外と多く必要なのであろう。
まあ、あたり前といえばあたり前か。

ともあれ。

ビール。

プレミアムモルツ

お通しはここでは、いつも変わらぬ“味噌豆”。
辛子が添えられ、青海苔がまぶされている。
しょうゆをたらして、よく混ぜてつまむ。

昔からある、おかずであり、酒の肴。
味噌豆、知らない方も、いるのか?。
ゆでただけの大豆、なのだが、これがうまい。
江戸落語の小噺にもなっているほど一般的な
ものであった。
なぜ味噌豆というのかというとこれを発酵させて
味噌になるので。
おそらく、日本中にあったのであろう。

肝焼き、一本から。

山椒を掛けて、食べる。

お!、柔らか。
さばきたてのもの、か。
肝焼き、うまいもんである。
肝だけをこんな風に食べる魚は他にはあるまい。

白焼きもきた。

皿が温かい。
これ、肝、なのであろう。
ちゃんとしたうなぎやは皆そうである。
白焼きというのは、焼きたてでなければ、
生ぐさくなって、いけないのであろう。

生わさびの、わさびじょうゆで、つまむ。
他に塩とオリーブオイル。

なにか、今日のは、身が厚い。
もちろん、厚い方が脂があるのであろう。
うれしい。
大満足。

そして、よいタイミングでくる、お重。

お重と肝吸いの、ふたを開ける。

肝吸いの三つ葉が、目に鮮やか。
どこもそうだが、お重のふたの裏は、店の名前入り。
この姿が好きである。

よい顔、で、はないか。
山椒を振る。

このふたを開けて、山椒を振って、箸を付けるまでの
一連の動作が、期待感を盛り上げ、なんとも言えぬ。

蒲焼は、キリっとした辛め。浅草の味といってよろしかろう。

うまい、うまい。
無心で掻っ込む。

ご馳走様でした
いつもありがとうございます。

勘定は二人で、15,500円也。


03-3851-2108
台東区小島2-18-19

 

 

 

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