浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



とんかつ檍のカレー屋・いっぺこっぺ・秋葉原店 妻恋坂界隈

4489号

1月23日(火)第一食

さて、今日はなにを喰おうか。

かつカレーはどうだろうか。
昨年初めて行った、末広町のとんかつ檍の[いっぺこっぺ]。

末広町、妻恋坂交差点から昌平橋通りを南に下がった
ところ。

現代の地図。

今、神田明神下から湯島天神下へ通っている昌平橋通り。
千代田区、文京区、台東区、三つ区の境でもある。
また、湯島、本郷、神田明神の台地と下谷の低地の
境でもあり、なん本もの坂がある。

江戸の地図。

昌平橋通りは、一か所、クランクになっているが、
ほぼ同じところを通っている。

現代との違いは、このクランクと、蔵前橋通り。
蔵前橋通りはここでは妻恋坂の南に新妻恋坂と
なっている。

北側の妻恋坂は現代も江戸のまま同じところにある。

妻恋坂などとまた、乙な名前である。

これは、今も妻恋坂上近く右側にある妻恋神社(稲荷)
に由来するという。
逆ではなく、神社が先のよう。

もとは、湯島天神の方にあり、明暦大火後、現在地に移転し
坂の名前になったとのこと。(東京都教育委員会掲示

では妻恋神社はいったいなにかというと、なんでも
ヤマトタケル伝説に由来するよう。

ヤマトタケル東征時、相模の走水で入水したオトタチバナヒメ
忍び「アヅマハヤ」と叫んだ。この解釈は様々あるが、ここでは
妻を恋い慕う意味に取っている。そして、湯島がヤマトタケル
野営地の跡ということのよう。(妻恋神社

この神社が古い歴史を持っていることはある程度
からしいだろう。
この神話の信憑性はともかくとして、鳥越神社は主祭神であるし、
この界隈の古い神社はヤマトタケルに関係するものが
複数あるのは偶然ではないかもしれない。

ともあれ。

今日気になったのは、最初に書いた江戸の頃のクランクと
新妻恋坂の蔵前橋通りがいつできたのかということ。

今のこのあたりの文京区と千代田区の境は妙なところを
通っており、これが江戸期以来のこの通りだったよう。
どこかで、新妻恋坂を作り、昌平橋通りを真っすぐ
北進するようにしたようにみえる。

これ、意外に簡単にわかった。

昭和16年(1941年)の地図。

ここで現代と同じ、クランクがなくなり、
新妻恋坂=蔵前橋通りができている。

つまり、タイミングは関東大震災後。

明治の地図も手元にあるのだが、江戸と変わらない。

東京の街というのはざっくりは、江戸初期の家康の町割りを
踏襲している。
で、震災後、多くの東京下町の江戸以来の狭い通りは
広くされ、ある程度の再区画整理もされ、また、昭和通り
などいくつかの幹線道路が作られ、また古い堀が埋められて
いる。家康、あるいは明暦以来の江戸東京の街の微妙な
手直し、といってよろしい。ここもその一つであった。

閑話休題

[いっぺこっぺ]であった。

15時前到着。

入って、券売機。

ここには、特ひれかつ2500円也を筆頭に
ノーマルな定食もあるが、やっぱり、最も安い
ロースかつカレー1200円也にしよう。

さすがにこの時刻、お客は2、3人。

カウンターに掛け、待つ。

ややあって、きた。

切り口。

やっぱりここは、カレースタンドでもなく、
上質な、とんかつや。

ぶ厚いロース肉で、中は柔らかく揚げられている。

カレーを掛けて食べてしまうのがもったいない。

一切れに塩を掛けて、食べる。

やっぱり、うまいもんである。

これ、どういう食べ方をするのが理想的なのか。

すべて、かつを塩で食べると、かつカレーの
意味がない。
だが、やっぱりもったいない。
かつだけで食べたくなる。

作っている人、店ではどう考えているのであろうか。

結局、最後の一切れだけをカレーと合わせて食べた。

ともかくも、うまかった、うまかった。
充実の一皿。

これで1200円。
かつカレーとしては、安くはないが十二分に
価値はあろう。

ご馳走様でした。

 

とんかつ檍

千代田区外神田3-5-3
03-6384-0015

 

 

 

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