浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

駒形どぜう

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11月17日(火)第一食

どぜうが食いたくなった。

[駒形どぜう]。

もちろん、どぜうの季節は夏なのであるが
別段、今食べてもよいであろう。

まあ、実際のところ、夏、鍋を食べるというのは
以前からの習慣で、いわゆる旬、泥鰌のうまい季節
ということではない。

夏、暑い頃に、熱いものを食べて、元気をつける
という意味合い。

13時すぎ、出掛ける。

歩こうかと思ったが、マスクをして歩くのも
なかなかつらいので、自転車にする。

新堀通り国際通りも越えて、浅草消防署、
バンダイの脇。
蔵前通り(江戸通り)の角、到着。

歩道、カードレール脇に自転車をとめる。

紺の暖簾に、どぜう、の、白抜き。

暖簾の後ろはドアではもちろんなく、硝子戸でもなく、
今でも、下半分は木で上半分は障子の、いわゆる腰障子。
だが、こんな時期で、こんな時期だから開けてある。

しかし、この[駒形どぜう]表の佇まい。
なにごとにも代えがたいと、改めて思う。

木造だが漆喰塗りの蔵造りであろう、二階建ての
瓦屋根。
浅草にも、老舗は数多い。
だが、建て替えても、昔と同じものを
造り直しているのはここと並木の[藪蕎麦]だけ
ではあるまいか。
江戸創業でも繁盛していれば、ほとんどは、
ビルにしてしまう。
もちろん、ここだって商売で、この姿自体が商売
であるともいえるが、それを含めて、
明確な店のメッセージである。
強烈な、アイデンティティーの表明である。

毎度書いているが、食は文化である。
文化には形、スタイルがある。
そばやにぎり鮨など食い物それ自体だけでなく、
その周りに、有形、無形の文化がある、いや、あった。
食い物それ自体が続けばそれでよい、というもの
ではないと、私は思うのである。
せいろのそばは、手繰り方も、文化なのである。
鮨やでの、客としても振る舞いも文化なのである。

文化は変わっていく。
それも一面、正論であり、真実である。
だが、以前はこうであった、これが元々の姿である
ということは、継承していかなければいけないのも
また一面、その文化の中で生まれ育った者の
義務、使命ではなかろうか。

ともあれ[駒形どぜう]、希少であり、未来永劫
続けてほしい、正に東京の重要無形食文化遺産である。

暖簾を分けて入る。

と、眼鏡に着物の小柄で若いお姐さん。
一人、というと、
アルコール消毒と検温。

下足札は時節柄なくなり、板の間に上がる。

中のお姐さんが手を挙げて、差し招く。
真ん中あたりの桜板。
最も縁側寄りの座布団、奥へ向いて座る。

火曜の1時すぎだが、むろん満席ではなく、私の
列の桜板は他に客はいない。だがそれでも
お客は入っているといってよい。

7月にきたのだが、やはりこんな時刻

座敷には私一人であった。

品書きがくる。

お酒冷(ひや)で一合と、丸鍋、と、お姐さんへ。
常温ですか、とは聞き返されない。

すぐに酒とねぎ、薬味、

丸鍋もくる。

ねぎが細長い木箱に入っているのがここのスタイルだが、
やめているのは、残念なこと。

食べ方、おわかりになりますか、とお姐さん。
必ず、これ、聞かれる。
はいはい、わかってますよ。

ねぎを山盛り。

季節もあるのか冷たいのか、温まるまでしばらく
時間が掛かる。

ん?!。
これ、焜炉(こんろ)が木の箱の中で斜めになっている。
それで、鍋も斜め。(上の写真で右側が下がっている。)

どうなるかというと、つゆが右にたまるのである。

直そうかと思ったが、ひっくり返しそう。
いや、これはこれでいいか。
右側をのどぜうをよけて、ここのつゆにねぎを移して
煮ればよいか。

取って、食べる。

毎度書いているが、この甘辛のつゆで煮たねぎが
とにかくうまい。どぜうを食べにきたのか、ねぎを
食べにきたのか。
この皿のねぎ、食べ切ってしまった。

いつもは鍋をお替りするのだが、今日はやめておこう。

うまかった、うまかった。

季節問わず、駒形どぜうは、うまい。

ご馳走様でした。

 


駒形どぜう