浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

野晒し その10


結局、一週間続けてしまったが、こうなったら、お仕舞まで


続けようか。


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前回






井川が柳治を連れて入ったのは駒形堂の先のうなぎや[前川]。大川に面し、


専用の舟着きもあり、舟でくる客もある。


 うなぎの蒲焼というのは江戸の始めには丸のまま串に刺して焼き山椒味噌を


塗って屋台などで売られていた。この形が蒲(ガマ)の穂に似ていたので蒲焼。


しかし、これは脂が多く上品な食い物ではなかった。それ、背開きにし蒸して


柔らかくし、甘辛のしょうゆだれで焼いたもの出てきて、この物語の弘化の頃


よりも二、三〇年前の文化文政期に一般化し、一気に高級料理となっている。


 現代ではほとんどなくなったが、江戸のうなぎやでは、店の玄関にはうなぎ


の生簀があり、お客は「これを割いてくれ」と選んでから、店に入る。


「お前先に上がってなさい」


といって、柳治を先に上がらせ、手頃な大きさの魚(うお)を選んで、座敷に


上がる。


 大川の見えるところに陣取った二人。


 焼けてくるまでには小半時はかかるので、出てきたお新香で一杯やるのが


江戸のうなぎやの常である。


柳治は品のよい燗徳利から井川の盃へ注ぐ。


「今日の『天災』はよかったね」


「どうも、ありがとうございます。


 ああいう噺を誉めていただけるのは一番うれしゅうございますね」


「お前さんもそろそろ真打になってもらわなけりゃな。わしも贔屓のし甲斐が


ないってもんだよ」


「はい。人情噺や、怪談噺ももっと増やさねえといけねえんですがね。精進し


ます。


 時に旦那」


「ん?」


「旦那にお会いしたんでちょうど好都合、ちょいとお聞きしてえことがありま


してね」


「うん」


「旦那は尾張様のご家中でござんすね」


「そうだ」


「あの、[大七]って向島の料理屋のことはご存知でらっしゃいますか」


「おお[大七]な。ご存知どころではない。あそこの三代前は元は我が藩の者


でな」


「はい、あっしもそううかがったんで」


「うん。そういうことで私なども心安く、ちょいちょい世話になっておる。


私は鯉の洗いが大好きでな」


「はあ、やはり。


 実はね、旦那。あっしの家の隣に住んでるご隠居の姪御さんがあそこの女将


さんなんですよ。それで話を聞いたんですが、あの店でここんところ、妙なこ


とが起きているんですよ」


「聞いておる。 “人骨野晒(じんこつのざら)し”じゃろ、それも二つ」


「なぁんだ、旦那もご存知でしたか」


「ああ。段々に噂になり始めておる。


 なんでも嫌がらせに誰かが置いたのでないかという」


「あっしも[大七]さんへいってお話を聞いて、その骨も見せていただいたん


ですがね。置いた奴はともかくも、いってい、どういう素性の骨なのかこれが


皆目わからなくって。


「役人はなんといっておる」


「火葬場の無縁仏のものでも盗んだんだろうって。でもね、旦那。その骨はき


れいなもんなんですよ。供養をしていただいたお寺の住職も火葬の骨じゃねえ


っていうし。


 あ、そうだ、旦那。もう一つ。あの、お聞きしてもよろしいですか」


「ああ、なんだね」


「あの[大七]の初代の方が尾張様を退身されたわけって」


「それか」


「いえね、[大七]に恨みを持っている者の手掛かりになりそうなものはねえ


かって思いましてね」


「ああ。しかしなあ、それはさすがにわしの口から話すわけにはいかん。御家


のことじゃしな。だがな、柳治。これは誓っていおう。今度の骨の件とは関係


はない。考えてもみろ。禄を離れ、武士の身分を捨てさせられたのじゃから、


恨むというのなら[大七]の方じゃ。それに三代も前の話じゃし、わしも含め


て我が藩はむしろ[大七]を今までも今もな陰に日なたに援助しておるしだか


らこそ、今のような大きな店になったわけじゃ。な。尾張藩は敵どころか味方


じゃよ」


「はい」


「それより柳治、その骨のことじゃよ」


「え?」


「わしはな、その骨、偽物(にせもの)ではないかと思うのじゃがなぁ」


「偽物?」


「まあ、仮の話ではあるがな。なにか、殺しでも関わってなければ、皆の考え


通りそうそう人骨など手に入らぬ。


 でな」


「はい」


「その骨、作り物ではなではないか」


「作り物ねぇ」


「そうじゃよ」


「まさかぁ」


「なんで、本物と決めつける」


「いや、あっしだって、事実手で触って、持ち上げてもみたし」


「いや、だが、その住職が火葬の骨ではないといったように、お前だって本物


の髑髏などそうそう見たこともない。役人でさえ気が付かなかったというでは


ないか」


「ええ、まあ」


「ほれみろ」


「作り物かぁ」


「そうじゃ。


「それからじゃ」


「はい」


「もう一つ、嫌がらせをたくらんだ下手人(げしゅにん)の方のことじゃ。


 心当たりはあるのか」


「いえ、そっちの方はまだなんで」


「私も少し考えてみたんじゃ。向島にある料理屋のうちの老舗はさすがに暖簾も


あるし、そんな子供染(じ)みたことはするまい。な。そうすると、新手のとこ


ろじゃ。そうではないか?」


「新手、ってぇと、、


 去年できた[小(お)がわ]と、その前の年にできた[難波屋]ですか」


「うん、そのあたりじゃな」


「噂では、店を開けた当初はまあ、どちらも話の種もあって客は入ったようじゃ


が、このところはあまり聞かぬ。困っておるのではないかな」


「はい。


 そうですね。そっちもあたってみましょう」


間がよく、ちょうど蒲焼が焼き上がってきた。


「お。きたきた。やろう、やろう、冷めないうちに、のう。」


「はい」


食べ終わると井川は自分の分と柳治にも二串ほど包ませ、持たせてくれた。







つづく