9月6日(日)午後
今日は、秋刀魚の日?
どうも、そんな感じである。
いや、本当は、今日は、目黒駅前の商店街で、
目黒のさんま祭り、が、開かれている。
そして、昨日の、TV東京の、アド街でもやっており、
随分と、盛り上がっている、ようなのである。
誰かに迷惑をかけるわけでもなく、盛り上がっている人達は、
楽しいのだから、とやかくいわれる筋合いのものではないが、
私からすれば、ちょっと不思議にもみえる。
なぜ、そんなに盛り上がっているのだろうか。
なんとなく、わかるような気もするのだが、
それほどのものか?、
と、いう気もする。
この現象は、なんであろうか。
「目黒の秋刀魚、ってなに?」
「え?、らくごでしょ?」
聞いてみると、まあ、若い女の子でも、この程度は
ほとんどが知っているようだ。
しかし、実際に、目黒の秋刀魚、という噺を聞いたことがあるか
と、聞けば、皆無。
どんなストーリー?
え?殿様が目黒にいって、秋刀魚を食べるんでしょ?
まあ、そうなのだが、、。
落語、目黒の秋刀魚、という噺。
ざっと書いてみようか。
世間知らずの殿様が、供(とも)を連れて、
秋口の今頃、馬に乗って、野駆けに出かける。
まあ、遠乗り、で、ある。
お供の家来は、たいていが、落語の場合、三太夫(さんだゆう)。
たまたま、いった方角が、目黒。
運動をすれば腹が減る。
見ると近くの町屋(あるいは、百姓屋)から煙が上がっており、
秋刀魚を炭火(あるいは、薪で)焼いていた。
うまそうな匂いもしている。
殿様は、興味を持ち、三太夫は下賎なものと
とめるが、強引に入手させる。
焼きたての秋刀魚、まずいわけがない。
大満足。
屋敷に帰り、しばらく後。
殿様の親戚なども集まる場があり、
特別に、食べたいものを注文できるという
機会があった。
そこで、殿様は、秋刀魚を所望する。
御膳番は、そんな下賎な青魚を殿がご存知のわけがないと
訝(いぶか)しく思うが、どうしても秋刀魚と、仰っている、
とのこと。
そこで、御膳番は、脂があっては毒であろうと、
すり身にし、団子に丸め、蒸して脂を抜き、
おつゆにして出した。
殿様は、目黒で食べたものが忘れられず、
頼んだのに、出てきたものは、まったくの違う姿。
食べてみても、脂が抜けた、つみれで、
ぱさぱさで、うまくもなんともない。
家来に、「この秋刀魚はどこで求めてまいった。」
と、聞く。
家来は、
「これは、房州の本場物を取り寄せましてございます。」
と答える。
すると、殿は、
「あー、それはいかん。秋刀魚は目黒にかぎる。」
とまあ、こんな噺。
どこがおかしいのか、というと。
(と、落語を説明するほど、ばかばかしいことはないが)
本場房州よりも、目黒産(?)がうまい、という
世間知らずの、殿様が、おかしい、ということである。
書いても、こんな数行で終わってしまう。
とても単純で、脚色のしようもなく、あるいは、
洒落、くすぐりの類も多くはない。
はっきりいうと、落語とすれば、どちらでもよい
噺であろう。
噺の構造として、目黒、と、いうのは、
海辺でもなく、魚河岸でもなく、秋刀魚とは縁もゆかりもない、
ところ、という扱い。
また、たまたま殿様が馬で出かけた、江戸郊外の田園(田舎)で、
秋刀魚に関係のないところなら、目黒でなくとも
田端でも、大久保でも、雑司が谷でも、渋谷でも
どこでもよかったはずである。
まあ、そういう意味では、目黒というのは、
だしに使われただけである。
さて、そんな落語、目黒の秋刀魚。
目黒のさんま祭り、実は、二回ある。
今回は品川区側の商店街で、これが、今年で第14回という。
そして、もう一つ。これは目黒区側で、9/20に開かれ、
今年で、第33回「目黒のSUNまつり(目黒区民まつり)」
と、いうらしい。
33回というのは、また、随分と長く続けている。
33年前といえば、私は、中学になったくらい。
その頃であれば、まだ、落語、目黒の秋刀魚は、
まあ、東京の大人であれば、100%知っていたろうし、
一度ぐらいは、聞いたことはあった人も多かっただろう。
と、すると、やっぱり、洒落、で、商店街の人が始めたので
あろうことは、間違いなかろう。
目黒は、秋刀魚とは縁もゆかりもない、田舎であるところとして
だし、に使われたことを知りつつ、それを逆手にとって、
逆に、秋刀魚といえば、目黒ですよ、で、
秋刀魚の塩焼き、を配ろう、と、いう洒落。
(実際に、目黒は秋刀魚とは縁もゆかりもなく、
当初は購入して配っていたという。
今は、産地タイアップで、三陸の宮古市だかが、市を上げて、
提供しているらしい。)
その時の、一般の反応とすれば『おもしれぇじゃねえか』
で、あろう。
だがまあ、もともとが、大爆笑をするほどの噺でもないし、
粋な噺でもなく、まあ、下(さ)げだけの噺であろう。
それこそ、下げは、皆知っているので、快楽亭ブラック師は、
下げを、皆でいいましょうと、いって、噺を進め、
下げの直前で、
「さあ、いいですか、皆さんご一緒に〜」
「秋刀魚は、目黒にかぎる」
と、観客一同合唱した、という、目黒の秋刀魚、を
やっていた。
まあ、そんな感じの噺、ではある。
それこそ、3分でやれ、といわれれば、できてしまうだろう。
同工の噺に、ねぎまの殿様、というのもある。
こちらの方が、もう少しよい。
季節は冬で、雪が降っている。秋刀魚が、ねぎま鍋にかわり、場所は、
上野広小路あたりの、小屋がけ、煮売りの居酒屋。
やっぱり、殿様が、ねぎま鍋を食う、と、いうだけの噺、ではあるが、
“秋刀魚”よりは、くすぐりなども、もう少しある。
しかし、この噺よりは、目黒の秋刀魚、が、人口に膾炙したのは、
やっぱり、単純で、わかりやすく、インパクトがあったから
で、あろう。だが、知れたもの、ではある。
で、まあ、結局、なにがいいたいかといえば、
目黒のさんま祭りは、本来の、落語、目黒の秋刀魚、との関係は、もはや
どうでもよくなり、あるいは、忘れられ、
秋口九月の、秋刀魚の日、秋刀魚記念日としての、イベント、ということで
“秋刀魚ゆかりの目黒(?)”がお祝いをする。
そういう日になっているのであろう。
そして、今の時代、タダで物がもらえるというのは、
いいじゃないか、というのもあろうし、
まさに、今が、秋刀魚の旬でもある。
なんとなしに、今、この時期、人々を惹きつけるものが
あるのだろう。
で、考えたのだが、秋刀魚記念日で、いいじゃないか、と。
毎年、毎年、安くてうまい秋刀魚には、世話になっているし、
楽しませてもらっている。
と、いうことで、私も、目黒、秋刀魚の日、を祝い、
午後、三筋のヤマザキへ3本ほど買いにいき、
秋刀魚の塩焼き。
大根おろしとともに、ビール。
やっぱり、秋刀魚、
うまいもの、で、ある。
脂もよいし、はらわたも、うまい。
そろそろ、秋らしい風も吹いてきた。