浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



神田須田町・鳥すきやき・ぼたん その2

f:id:dancyotei:20220118115633g:plain

4013号

引き続き、創業が明治30年(1897年)頃という、
神田須田町の鳥すき[ぼたん]。

煮えてくる。

つゆはしょうゆの甘辛。
割り下が置かれているが、濃いものと
煮詰まった時のための薄いもの。

かわったものが入っているわけではないのだが、
それぞれ、特徴がある。

鶏肉は、胸なのか、ももなのか、わからぬが、
火が通りやすいように、なのか薄く切られている。
薄いといっても、薄すぎず、食感が得られる程度。

肉は他に、皮。
これも四角くきれいに切られている。
そして、皮には基本脂が多く付いているが、
ある程度取ってあると思われる。

自分で軍鶏鍋をやるとやはり皮は必ず入れる。
ギトギトになるがこの皮から出る脂がよい。
そこは料理やなので、さすがに上品。

また、レバー。
あるいは、砂肝も入っているか。
これらはそこそこ小さく切られている。
やはり上品、で、ある。

東京の軍鶏鍋は正肉だけではなく、皮も入れ、
レバーなどのモツ類を入れるものであった。

三代目金馬師の落語「藪入り」では、

久しぶりに藪入りで帰ってくる奉公に出た息子のために
父は「軍鶏を、皮付きで、モツまじりで買っといてやんな」
と内儀さんに言っているセリフがある。(軍鶏鍋は、特別な
時には家庭でもやることがあったといってよかろう。)

火が通ってきた肉から

溶いた玉子をくぐらせて食べる。

牛肉のすき焼き同様、いや、こちらが先であったのか、
甘辛で、溶き玉子で食う。

この割り下、ただの甘辛ではなく、濃すぎず
なにか出汁が入っているよう。
これが後を引くうまさ。

そして、ねぎ、で、ある。

東京らしい白い、長ねぎ。
お気付きであろうか、立派な太いもの。
ただ下仁田ねぎのようには、太すぎない。
これはこの店の鳥すきの特徴といってよいだろう。
そして、その太さが皆きれいに揃っているのが
おわかりになろう。

むろん揃っているのではなく、揃えているのであろう。
たまたま、ではなかろう。

東京にはねぎだけの問屋があるのをご存知であろうか。
ねぎが欠かせない、蕎麦やや、こうした鍋やなどの
多くが、一つのねぎ問屋から仕入れている。
葱善]というところ。

浅草にある。
たまにトラックを見かけることもある。

そばやの調理場をのぞくと藁縄で縛られ、
[葱善]の名前入りの紙のはさまれた美しい
長ねぎの束を見ることがある。
昔から千住ねぎというが、江戸伝統野菜の
一つといってよいだろう。
ただ、特別なものではなく、今一般的に東日本で
食べられている白い部分が長いねぎでよいだろう。
根深ねぎ、などともいう。
以前に「神田市場史」を調べたことがある。
江戸期の野菜の産地が載っており、ねぎは千住、小岩
としてあった。江戸のねぎ栽培は、深川の先の砂村(町)
から始まったともいう。千住だけではなく、海側が
先であったのかもしれない。
また時代が進むと、なのか、今は深谷が有名だが、
もう少し東京に近い岩槻ねぎ、なんという名前もあり、
江戸近郊、武州中北部、今の埼玉県各地などで
作られるようになったと考えられようか。

今、季節ごと、様々な産地のものから長さ、太さ
身の質などを吟味して、東京下町の味に合うものを
揃えるのがねぎ問屋の仕事なのであろう。

普通、スーパーに売っている長ねぎは、むろんこんなに
太くはないし、季節や産地によってなのか、スカスカ
なものに出会うことがある。密度も長ねぎの大事な
ポイントであろう。

もちろん、ここが[葱善]のものを使っているのかは
わからないが、前に細い白滝の[大原商店]のことを書いたが、
こうしたねぎ問屋も、江戸東京の伝統料理の質を守り、
味を継続するために不可欠な存在なのであろう。
京料理には京野菜。数は少なくなってしまったのかもしれぬが、
東京にも同じようなことがある。

ともあれ。
このねぎが甘辛で煮込まれて、うまいことこの上ない。

さて。
最後はご飯を入れて、親子丼。

なのだが、、残念、鳥は食べ切ってしまったので、
玉子丼になってしまった。

お姐さんが

ふっくらと作ってくれる。

飯にのせて、食べる。

やっぱり、濃すぎない割り下の塩梅がよい。
二膳も食べてしまった。

うまかった、うまかった。

ただ、ぼんやり食べていると、文字通り
あたり前のものしか入っていないので、
鶏のすき焼きかぁ~、くらいなものだが、
よくよく注意すると、このように細かく
配慮が行き届いた、鳥すきやき、なのである。
やはり、伊達ではなかろう。

座敷で勘定。
鍋が一人前、ご飯などがついて8,000円也。
これにビール二本、二人で17,700円也。
安くはないが、この座敷の雰囲気、東京伝統の味を
含めてのものである。

ご馳走様でした。

 

ぼたん

 

 

※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメールはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、簡単な自己紹介をお願いいたしております。
匿名はお控えください。