浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

野晒し その4


間があいたが、またまた、断腸亭フィクション習作のつづき。



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前回






 中入り前の中トリは春風亭栄枝(えいし)。柳治とは同い年だが


こやつは真打。師匠は柳枝(りゅうし)。柳枝というのは春風亭柳枝


の初代で柳治の師匠柳橋とは兄弟弟子の関係でいわば兄弟一門。


その関係で栄枝は呼ばれている。


 柳橋や柳枝は、初代扇橋から始まった一派で、扇橋は今は三代目、


それに二代目柳橋、初代柳枝の三人の大看板で柳派(やなぎは)と呼ばれ


ている。前座も含めれば五〜六十はおり、今江戸の噺家の中では上げ潮


の一派である。


 中入り後は三笑亭可上が上がって、百眼(ひゃくまなこ)で笑わせる。


そして、いよいよ、トリの柳橋。今日の柳橋師匠は『三軒長屋』。柳橋


人情噺も得意にしているがこうした滑稽噺でも大いに笑いを取る。


こうした滑稽噺は柳派の本領でもある。


 柳橋が高座から降りてくる。


 口々に、


「お疲れ様です」


 柳橋池之端の料理屋でお座敷がある、というので、着替えもそこそこに、


前座の柳吉をお供に出ていく。噺家で人気者になれば、贔屓筋からお座敷が


掛かる。むろん、一席演らなければいけないが、祝儀も出れば、うまいものも


食えるというわけである。


 柳橋が帰ると、お駒は柳治に


「柳治さん、奥山へいく?」


「ああ、ちょいと覗いてみようかと思ってるけど」


「あたしもいく」


「昨日行ったんだろ」


「柳治さんがいくんなら、また見たいのよ」


 怖いもの見たさ、というのであろう。これが人気の秘密かもしれない。


 お駒は柳治の住む、門跡裏からもさほど離れていない阿部川町に母と


ともに住んでいる。母一人子一人。お駒の母は、もとは柳橋(やなぎばし)


で芸者をしていた。亭主とは若い頃に死に別れ、三味線、清元の腕があったので


稽古場を開き、お駒を育ててきた。その関係でお駒は幼い頃から三味線を


みっちりと仕込まれたというわけである。


 柳治はお駒と東橋亭を出て、仲見世を抜けて奥山へ向かう。


 奥山へくると、床店を見回っている虎吉から大きな声で声をかけられた。


「おお、芳ちゃん。どうしたい、女連れで。お安くねえなぁ」


 虎吉は浅草の盛り場、奥山を取り仕切る香具師の親方、久右衛門の元で


若い者をやっている。柳治とは金杉で生まれ育ちが近所。幼馴染であり、


今も悪友といってよかろう。そして、柳治の本名は芳二郎というわけで、


こやつはこう呼ぶ。


「馬鹿野郎、これは東橋亭で三味線弾いてるお駒ちゃんだよ。今、昼席の帰りで


生人形を昨日見たってんで俺も見ようかと思って、付き合ってくれて一緒に


きたとこだよ」


「おお。生人形な。たいそうな入りだよ。お、そうだ、じゃあ、俺が案内して


やろうか」


「いいよ、いつも、いつもすまねえから」


「ま、ま、いいってことよ。お駒ちゃんっていったっけ、裏から見ると、


また違うからよ」  


 世話付きの虎吉に強引に生人形の小屋の裏まで引っ張っていかれた。


 さすがに莚(むしろ)張りのものではなく、簡易ではあるが、木製の屋根


もあれば、壁もある。小屋の裏口から入って、人形の並んでいる裏の黒い布の


後ろへ入る。


 布に隠し穴があり、表が見える。


「どうだい、見えるかい?。この生人形ってのはね、西国豊後の人形師で


幸次郎って人のもんなんだよ」


 と、虎吉は得意そうに話す。


 表の見物人も鈴なり。


 布の穴はいくつもあって、正面が見える穴からも見てみると、人形は、


観音様だの、芝居役者だの。人の等身大のものもあれば、小さいのもある。


木製だが、色も塗られている。そしてこれがまた、本当に、顔色から肉の付き方から


なにもかも、今にも動き出しそうなくらいに生きている人間そっくりなのである。


確かに、お駒がいう通り、気味が悪いくらい。夜中に出くわしたら怖がりの柳治などは、


飛び上がりそうである。


「幸次郎さんはね、今はまだ上方にいて、ここに並んでるのは大坂で当たったのを


そのまんまお弟子さん達が運んできたものでね。


 こちらがお弟子さんの世話役で甚兵衛さんだ」


と、そこにいた小屋の者を紹介する。


「どうも、お初にお目にかかります。噺家をやってます。麗々亭柳治と申しやす。」


「へい、へい。甚兵衛と申します。どうぞよろしゅうに」


この人は世慣れた雰囲気で、四〇がらみ。上方の言葉。弟子というよりは、


売り出し元なのであろう。そしてもう一人、こちらは若い。


「これは弟子の三吉だす」


 ペコリと頭を下げる。


 二十歳を出たところか。実際にこれを作った人形師の弟子のよう。


 黒い布の裏に仕事場があって、三吉の他にも二、三人職人がいて、人形に傷が


付いたりした場合の修理などをしているようである。


「芳ちゃん、せいぜい高座で宣伝してやっておくれよ」


「いやいや、あっしなんぞがいう前に、これだけの入りならばなんの心配(しんぺえ)も


ねえでしょう」


 甚兵衛に礼をいって、まだ見ていたそうなお駒を促して、小屋を出る。


「なるほど、こりゃあ、人が集まるのももっともだな」


「だろ。近頃にねえ、大当たりだって、うちの親方も喜んでいなさるし


 そうとうな長興行なるぜ、これは」


「そうよね。こういうの男の人よりも、女の方が好きなのよね」


「うん、俺なんぞ、もう一回見たいかといわれりゃ、ちょっとな」


「なにいってんのよ、柳治さんなんか、怪談噺を演るじゃない」


「自分で演るのと、見るのは違うんだよ。


 だけど、この人形師はなかなかのもんだな。


 なんでまた、江戸へきたんだ」


「まあ、上方で大人気で、ってことなんだけどさ、さっきの甚兵衛さん、ってのが


江戸へきたのは初めてらしいけど、なかなかの遣り手ってやつでな。


うちの親方にはなんか手づるを探して売り込んできたらしいんだ。


香具師の仲間は香具師の仲間でな、つながりがあんだよ。上方でも名古屋でも


紹介したりされたりってのはあんだよな。でも、あの甚兵衛さんはその筋じゃねえ


んだよ。」


「ふ〜ん。新手ってやつか」


「まあ、そういうこったな。


 お、いけね。俺まだ一回りしなきゃなんねえから。


おめえ今月の上席は東橋亭だったな、また、暇ぁみっけて聞きに行って


やらぁ。はげみになんだろ」


「馬鹿野郎、おめえなんぞにこられたら演りにくくってしょうがねえや。


あばよ」






つづく