浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



沙魚(はぜ)の煮たの

11月30日(火)夜


さて、さて。


今日は昨日のつづき。


神田まつやで、海老天の天ぬきで、二合。
ざるそばを食べて、いい気分で、秋葉原駅まで
歩く。


JRに乗って、御徒町
降りて、まだ少し早いので、
吉池をのぞいてみることにする。


吉池の魚売り場は、7時を過ぎてしまうと、もう店じまいの
仕度を始めてしまうが、6時台ならば、OK。


ちょいと、見てまわると、珍しいものがあった。
大きな沙魚(はぜ)



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『梅安は、のろのろと鍋を強火にかけ、生醤油(きじょうゆ)に



 少々の酒を加え、これで沙魚をさっと煮つけておいて、



 「ふむ、ふむ・・・」



  ひくひくと鼻をうごめかしながら、居間へはこび、冷酒を茶わんに



 くみ、炬燵(こたつ)へ入ってすぐさま食べはじめた。



 (中略)



 梅安は行燈(あんどん)にあかりを入れ、またしても箸を把(と)って、



 残りの沙魚を平らげてしまった。頭も骨も残さぬ。』




池波正太郎著・仕掛人・藤枝梅安(一)「殺しの四人」より「おんなごろし」



講談社文庫


新装版・殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一) (講談社文庫)
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『梅安』に池波先生は書かれている。
これは、冬。初冬であろうか。



沙魚は、冬を前に、落ち沙魚、などといって、
丸々と大きく太る。
もう少しすると、子持ちも出てくる。


昔は、東京でも、隅田川、あるいは、下町の堀、
それこそ江戸前の海でも、随分と獲れた。
私の父親の世代に聞いたのは、舟や堀端から子供でも
釣れるものというのが、昭和30年代までの東京の常識であったかと思う。


毎年、この時期には、吉池の店頭にも、沙魚は並び、
なん度か買ってみているが、もう少し、小さなものである。
今日のものは、15cm程度はあろうかという、
私は今まで見たこともない、大きさ。


一皿、600円ほど。
安くはないが、これは、間違いなく、買い、
で、あろう。


買って、大江戸線に乗り、帰宅。


さて。


帰ってはきたが、腹は一杯。
沙魚は冷蔵庫に入れ、この日記書きなど。


終えて、寝っ転がってTVなど視ながら、
うつら、うつら。


10時頃、内儀(かみ)さんが帰宅。


まだ食べていない?


よし。
じゃあ、沙魚を煮ようか、で、ある。


袋から出してみると、こんな感じ。





ぬめりがあるので、一応、洗う。
子持ち、なのかどうか、よくわからぬが、
腹は、出さずにそのまま。梅安流に、
酒としょうゆで、小鍋で煮ればよかろう。


大きいので、小鍋から尻尾が出てしまう。


ガスで軽く煮て、カセットコンロをお膳に出し、
移る。





煮えてきた。





取って、食べる。





こんなに大きくても、淡白、で、ある。
また、腹はまだ卵、白子、ともにないようである。


さすがに、これだけでかいと、頭から、バリバリ、
というわけにはいかないが、腸も頭も、身を取って、
食べる。


十二分に、うまい。


卵や白子は、これからであろうか。
また、吉池に、並ぶかしら?。



梅安先生は、冷酒だが、菊正宗をぬる燗にして、
ちょうどよい、酒の肴、で、ある。