浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



その16 三代目桂三木助・三代目春風亭柳好


さて、今日も引き続き、昭和の噺家


先ずは、三代目桂三木助


芝濱のところでも触れたが、
芝濱の三木助、と、いわれるほど、有名であった。
明治生まれ。亡くなったのは、昭和36年
(ご記憶の方もおられるかも知れぬが、長男は四代目となっていたが、
2000年、自殺されている。)


三代目は、若い頃は博打に狂い、なかなか破天荒な人生を送った。

三世 桂三木助
三世 桂三木助 山本昌代著 新潮社
伝記が出ている。ご興味があれば。


前に、小気味いい江戸前の口調、と書いたが、こういう人のことを
まさに、口跡(こうせき)がいい、というのであろう。
実に、歯切れのよい、喋り口である。

「へっつい幽霊」


色々あろうが、この噺を挙げる。
噺自体が、なかなかよくできている。


他の人の音はほとんどないかと思う。
(談志家元が演る。)


ある、道具屋。


火炎太鼓のところでも、出てきたが、道具屋、というものも落語にはよく登場する。
ずばり、道具屋、と、いう噺もある。
小三治特選ライヴ 天災/道具屋
(これは、柳家小三治師あたりがよかろう。)
今は、いわゆる、古美術商、ということになろう。
しかし、落語に登場するのは、そんな高級な、いわゆる美術品ではなく、
文字通り、古道具、である。
余談になるが、普通の人には、あまり縁もなかろうが、
今でも、どうかすると、町に一軒はある。
お祭りや、なにかで(近所では不忍池の周りでよくやっている。)
古道具市が立つこともある。
ちなみに、拙亭の火鉢は、こうした古道具屋で買ったものである。
美術品という価値はないが、古いもの、今は作られなくなったもの
を捜すのには、よい。


へっつい、があった。


へっついとは、竈(かまど)のことである。
ガスなどがなかったころ、煮炊きはもちろん、薪、である。
深川の江戸資料館
へでも行かなければ見られない。
土で作った、ものである。
鈴本演芸場のページに写真があった。)



ある客が、このへっついに、目をとめ、買って、家に運ばせるが、
夜中に、この客が押しかけてきて、引き取ってくれ、という。
わけを聞くと、幽霊が出た、という。


引き取って、店に置いておくと、物がいいせいか、すぐに売れて、
夜中になると、最初と同様に、返ってくる。
引き取るときは、半額で買い上げる。


三円で売れて、一円五十銭で返ってくる。
物がなくならないで、一円五十銭ずつ儲かる。


人間ふたぁつ、いいことてぇものはないもんで、
あるとき、パタッと、他のモンが売れなくなった。
三木助師の口調である。)

へっついから、幽霊が出る、と、いうことが、
噂になってしまったようなのだ。


道具屋夫婦は、捨てるわけにも行かず、一円付けて、誰かにもらって
もらえば、、、と、話しをしていると、
聞いていたのが、裏の長屋に住む、渡世人(とせいにん)の熊五郎
同じ長屋に住む、勘当された、若旦那の銀ちゃんと、
(若旦那は、常に、勘当されている。
これも、落語のなかの、決まり、である。)
二人で、これを貰って帰る。
しかし、途中で、落として欠いて(割って)しまう。
と、欠けたところから、三百円(三十両)という金がポロッと、出てくる。


二人は、百五十円ずつ山分け。
銀ちゃんは、吉原へ、熊さんは、博打場へ。
翌日二人は、すっかり使い果たして、帰ってくる。


へっついは、銀ちゃんの家に置いてあった。
夜、銀ちゃんのところに、
「金返せ〜〜。」と幽霊が出る。
翌日、熊さんは、銀ちゃんの家へ行き、わけを話して、
三百円をもらってくる。
幽霊に、返そう、と、いうのである。


夜、予定通り、幽霊が出る。
幽霊は、この世にある時は、博打好きの左官で、あったという。
あるとき、ばかに付いて、大儲け。
用心のため、三百円を商売物のへっついに塗り込んでおく。
と、当たっているときは恐ろしいもんで、その晩食べたふぐに、あたって
ころっと、まいって(死んで)しまう。
閻魔への賄賂にこの金を使おうと、思い、幽霊になって出てくるのだが、
みな、目を廻して、役に立たなかった、と、いうのである。

とりあえず、返すが、さすがは熊さん、俺のおかげで、この世に出てきたんだ、
いくらかよこせ、と、おどし、半分を取り上げる。
そして、さらに、博打好きの二人は、この百五十円を賭けて、
丁半の、サイコロを振る。さて、結果は?


三木助師、ただでさえ口跡がよいが、昔取った杵柄(きねづか)か、
サイコロを振る場面の喋りは、流れるようである。


●このフレーズが可笑しい


「お待ちどうさま〜。」



さて、次は、三代目春風亭柳好
昭和31年には亡くなっている。
野晒しの柳好、と、も呼ばれ、とにかく「野晒し」である。
ちょっとでも落語を聞いてみよう、
という方には、こんな、噺、噺家もあったんだ、という意味で、
是非聞いていただきたい。


柳好師は、「二十四孝」もよい。
この人の口調は、とにかく陽気な噺に生きている。
謡(うた)うように話す。
「たちきり」なんという、暗い噺の音もあるが、
今一つであろう。

「二十四孝」


さて、二十四孝から。
この噺は、前座噺とまではいかないが、
いろんな人が、よく演った噺である。
長くも、短くもできる。


お馴染みの八っつあんが、大家さんに親孝行をしろ、
と、中国の故事、二十四孝、を例に、説教をされ、
家へ帰って、同じことをして、しくじる。


大家さんや、ご隠居さんからなにかを教わり、再現をして、
しくじる、という形式は、落語の中でも、とてもよくある形である。
これを、おうむ返し、と、いう。
前に挙げた、道灌もそうであるし、十徳、子ほめ、天災、などなど、、。


現代的には、昨日の「雑俳」以上に、難しい噺かも知れない。
今の世の中、親孝行もそうであろうし、中国の故事も
時代性はなかろう。


昔、儒教的な「親孝行」という規範があり、
それを茶化す、八五郎が生きていた。


作品論は、ともかくとして、この噺の柳好師はよい。
フワフワと軽い語り口が、どうしようもなく、可笑しい。
柳好であれば、現代でも、なんとか聞ける噺ではなかろうか。


現代で、聞くのであれば、志らく師、である。


●このフレーズが可笑しい


貧乏で蚊帳(かや)が吊れない。
安い酒を買ってきて、酒を自分の体に吹き付け、
「心ある蚊ならば、父にたからず、我にたかれ」といって、父の傍らに
腹ばいになって寝た、という故事。

ここに柳好師は「蚊」のマイムを入れる。


蚊になって、、、
「ぷ〜〜ん。」


ここの部分、たまらなく、可笑しい。


また、この噺、下げがよい。
柳好師のテープでは、下げまでないものもあるので、
ここに記しておく。


家に帰って、先の蚊の故事を、再現しようと思った八五郎
体に酒を吹き付けるはずが、一口呑んで、どうせなら、呑んでも
同じだろうと、結局全部呑んでしまって、そのまま寝てしまう。


翌朝、母親に起こされる。
「お、どうだ!俺が呪(まじね)えして、寝たから、蚊帳なんぞなくっても
 蚊が一匹もでなかっただろ」
「なにいってんだ。あたしがお前を、よっぴいて、あおいでいたんだ・・・」


「野晒(のざら)し」


八代目春風亭柳枝師のものもよい。
談志家元もこれを得意にしていた。
談志師は、柳好版と柳枝版をミックスして演じていた。
これももちろん、よい。


柳好師はこれも、全編謡うように演る。滅法明るい。


怖れも知らず、筆者も演ったことがあった。


ストーリー


八五郎、長屋の隣りの尾形清十郎という年老いた侍の家へ、
朝、怒鳴り込んでくる。


昨夜、女を引っ張り込んでいた。どうしたわけだ、という。


説明を聞くと、あれは幽霊である、と、いう。
昨日、釣りが好きな、尾形先生、向島へ釣りに行くと、
偶然、川の葦(よし)の中から、人骨を見つける。


「かようなところに、屍(かばね)晒して、浮かばれまいと、
呑み残しだかのぉ、腰にあった瓢(ふくべ・ひょうたんのこと)の酒、
骨(こつ)ぃかけると、ころろなしか、骨が赤味ぃさしたような気がしてのぉ。
あ〜あ、いい功徳(くどく)をしたと、家へ帰って床に付く、、、」
と、夜中に、その骨が、礼に来た、というのである。


八五郎は、あんないい女なら、幽霊でもよい。
向島へ行けばまだ、骨はあるかねぇ?」
「広い川原じゃ、骨の一つや二ぁつ、ある、かも、かも知れんなぁ」
竿を借りて、酒を買って、向島へ出かけていく。


ここからが、よい。
向島、土手下の釣り人と、骨を釣りに来た、脳天気な八五郎
やりとり、が秀逸。聞きどころであり、聞かせどころ。


自分で演ったくらいである。筆者、好きな噺。
なんといっても、あの、脳天気な八五郎の明るさがよい。
また、上に書いた、尾形先生の芝居がかったセリフもよい。


●このフレーズが可笑しい


土手に着いた八五郎、土手下の釣り人達に、
「うわぁーぃ、骨(こつ)ぁーーーーーー釣れるか、骨ぁーーーーーーーー?」


下の釣り人、竿を片手に、土手上を振り返り、見上げながら


「骨(こつ)ぅ〜、、、、?

 
 (隣りの人に)
 骨だって、いってますよ、、、
 
 
 (土手上へ)
 骨ぁ、釣れませんがな、お魚ぁ釣ってますがなー」


「なーに、いってやがんだ。
 てめえなんぞ、魚釣る面(つら)か。
 首でも吊れ!」


文章で書いても、伝わるまい。
この「骨ぅ〜?」
が、たまらなく、可笑しいのである。
「野晒し」はこのセリフをいいたくて、憶えて、
演ずる。そういっても過言ではない。
是非、聞いていただきたい。
(※注意:この「骨ぅ〜?」は、柳枝版、談志版で。柳好版にはない。)