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初芝居 国立劇場・新春歌舞伎公演 通し狂言 南総里見八犬伝 その2

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4006号

引き続き、初芝居。
国立の、菊五郎劇団、八犬伝

前回、七年前にも初芝居で観ていた。

配役も、幕の構成もほぼ同じ、なのであるが、
演出はだいぶ変わっていた。

八犬伝、を知らない方はおられるのだろうか。
前回、あらすじも書いてしまっているので、
ご存知ない方は、前記をお読みいただければと思う。

発端、序幕の富山の部分。
犬の八房と伏姫が山に籠る場面。

ここは馬琴の原作と変わっている。

前回とも変わっていたのでは、なかろうか。

ここには書かないが原作はかなり凄惨。問題おおあり。
これをさらっと描いている。

イメージとしては犬の八房と伏姫の子供が八犬士。
八つの玉を持ち、犬の字を苗字に持ち、
八房にあった牡丹の模様を身体のどこかに
痣として受け継いでいる。
え、犬と人間のお姫様の子供?、ということになるが
そこは、ファンタジーである。
まあ、この設定が伝われば、現代的なファンタジー物語の
脚本としては問題はない。

馬琴は、ファンタジーにしていないのが、かえって
おもしろいのかもしれない。
現代の方が、ファンタジーを受け入れられやすい?。
どうもそんな感じ。
これもおもしろい。

馬琴は明和4年(1767年)から嘉永元年(1848年)の人。
作品は文化11年(1814年)から書き始められている。
文化文政期というのは江戸後期で、江戸の町人文化の
花が咲いた時期。

前にも書いたが天保中頃以降、幕末にかけて一揆の頻発、
悪党の世紀」という、殺伐とした
世の中になっていくと考えるが、それ以前は

そこそこ平和で安定した世相といってよいだろう。

馬琴は戯作者の山東京伝の弟子筋。京伝に限らないが
蜀山人太田南畝先生以降、ふざけた、まあ、滑稽、
洒落尽くすというのか、そんな作風が風靡していた頃
と考えてよいと思う。

歌舞伎でいえば、たくさんあろうが、私が印象的に
憶えているのは、「善玉、悪玉踊り」。

二回ほど観ている。
人にある善の心と悪の心が戦うのを善と悪のお面を被り、
滑稽に踊るものであるが、この原作が山東京伝である。
まあ、かなりふざけている。

だが、馬琴という人、そうとうに真面目な人で
あったのであろう。
八犬伝には儒教思想が散りばめられていると書いたが
それだけではなく、そもそもリアリストというのか、
フィクションであってもファンタジーではなく、凄惨だが
真面目で律儀な物語を書いた。
この時代ふざけているのが主流の中、真面目な馬琴の
八犬伝は異色といってもよいだろう。

紋切り型に考えてしまうのが、やはりそもそもの間違い。
ふざけた時代でも、真面目な人はちゃんといた。
八犬伝が支持されたことを考えれば、もちろん、
大衆にもたくさんいたわけである。
考えてみればあたり前ではあるが、江戸後期、
ちゃんとした人のいたちゃんとした社会であった。
かなりざっくりだが、そう間違ってはいなかろう。
皆が皆、浮世といって浮かれ騒いでいたわけではない。
その後の「悪党の世紀」でも圓朝は大真面目に落語に
取り組んでいた。日本社会の底力である。

さて。
役者についてもコメントしなければ。

前にも書いた歌舞伎界の世代交代をこの芝居でも
印象付けさせられた。

座頭の菊五郎ももう79歳。
台詞まわしはよどみなかったが、張りは数年前からすると
もう一つ。足元もちょっと心配。

それから左團次
この人も同世代、81歳。
私は若い頃から歌舞伎ではなく、NHK大河などが
印象に残っている。時代劇の渋い性格俳優というのか。
歌舞伎でもこの人が舞台にいると大きな安心感が
あった。
だがやはり、声がもう、もう一つ出ていないように感じた。
歌舞伎役者に限らず、落語家もそうだが、日本の
伝統的舞台人というのは、いうまでもなく
むろんマイクなしに、客席の後ろまで声を届かせる。
これは初歩中の初歩のこと。落語の前座修行は
大声を出すことから始まる。

それに付けても下の世代である。

犬江親兵衛の尾上左近
16歳である。
背が低めなので子供といってもわからない。
この人、前回も同役。当時は小学生であった。
まあ、ほぼ覚えていなかったのだが、驚いた。
知らなかった。この人、松緑の息子さんであった。
こんな大きな子供がいたのか。
役者としてどうなっていくのかは未知数であろうが、
なかなかのいい男に仕上がっているようである。
注目したい。

そして、その父の松緑
そう、問題の代替わりする、看板を背負わなければ
いけない世代。

松緑はこの世代では、上、46歳。猿之助と同い年。
正直に書くと、この人、以前はあまり好きではなかった
のである。キャラ、ニン、としてどうもふてぶてしく見える。
親しみがわかない。
だが、やっぱり、ここ数年役者としての進捗が
著しいのではなかろうか。
歌舞伎では色悪・いろあく、というキャラがある。
ちょっと若い色男の悪人である。この芝居では
“さもしい浪人”網乾左母二郎(あぼしさもじろう)で、
前回と同じ、松緑
悪人というのは、歌舞伎ではとても重要な役なのである。
私も最初は意外であったのだが、座頭は悪役の親玉、
これは実悪・じつあくというが、を演じるものなのである。
悪人の強い存在感である。大看板でなければもたない。
(今回でいえば、扇谷定正左團次が実悪にあたろうか。)
松緑は、舞台上でどんどん存在感が増している。

国立の菊五郎一座だが、松緑もこの一門。
だが、菊五郎音羽屋ももちろん歌舞伎座にも出る。
歌舞伎座で太い役をどんどん演じさせてはどうだろうか。

そして、最大の興味は次の音羽屋の親方、菊之助
この三月、やはり国立の舞台が予定されているよう。
人間国宝への道?今年は、期待を込めて観ようか。

 

 

 

 

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