浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



鶏の出汁の熱い饂飩(うどん)

12月6日(金)夜



金曜日。



今日も例によって、栃木の工場から東武で浅草まで
戻ってきた。


車中、スマホKindleで読んできたのは、久しぶりに池波作品「鬼平」。
終末に近い21巻。


読んでいたのは『春の淡雪』という一篇。


『春の淡雪』というのは部下の同心が問題を起こし、
腹を切って果てるというもので事件自体の後味は複雑なもの。


これを平蔵は闇に葬ることに決める。
事件終息後、筆頭与力の佐嶋との語らい。


この事件が公になれば平蔵の責任も問われるし、
盗賊改方も免ぜられるが、それはできない。
なんとなれば


『「凶悪なやつどもが蔓延(はびこ)る今の世に、


  この長谷川平蔵とおぬしたちほどの盗賊改方が他に在(あ)ろうか


  在るはずがない」


 慢心ではない。


 これは平蔵の自信であった。』



平蔵は佐嶋に、もう自分は死んだつもりでいる、
あれこれしたいと思っていたこともすべてあきらめた。
まあ、もっとも自分は若い頃に他人(ひと)何倍も男の
たのしみを味わってきたから、思い残すことは、ない、
と、語る。


鈴を振って鳴らし、奥方の久栄を呼んで


『「今日は冷ゆるな」 「女房どの。いわずともわかっていよう」


 「ただいま、仕度を申付けましてございます」


 「酒の後に、鶏の出汁(つゆ)で、熱く煮込んだ饂飩(うどん)


  がほしい」


 「まあ・・・・・・」


 「どうじゃ、これはおもいつかなんだであろう」


  久栄は笑いながら、庭に面した障子を開け、


 「ごらんなされませ」


 「おお・・・・・・」』


白いものが落ちてきていた。


新装版 鬼平犯科帳 (21) (文春文庫)
池波正太郎著 鬼平犯科帳(二十一)・文春文庫





今日は随分と暖かだったのだが、私自身は
なかなか風邪も治らず、夜になって、多少の寒気(さむけ)もする。


さて。


『鶏の出汁(つゆ)で、熱く煮込んだ饂飩(うどん)』


で、ある。


池波作品にはむろん蕎麦の方が、圧倒的に登場は多いが、
意外に饂飩というのも出てくる。
(『男色一本饂飩』というタイトルの一篇もある。)


『鶏の出汁(つゆ)で、熱く煮込んだ饂飩(うどん)』を食べよう。


しかし、どんなものであろうか。
しょうゆ味であろうか。


鶏の水炊きのような澄んだ出汁、かもしれぬ。
これもうまそうだが、しょうゆの方が、東京らしい。
しょうゆでいこうか。


8時すぎ、浅草駅を降りてタクシーに乗る。
ワンメーター、いつものご近所、小島町のハナマサの前で降りる。


鶏の出汁(つゆ)なので、手羽先がよいだろう。
骨付きの方がいい出汁(だし)が出る。


それからゆでうどん。


ん!。油揚げも入れようか。


買って、帰宅。


早く出汁(だし)を取るには、圧力鍋がよかろう。
圧をかけると、出汁は多少白濁するが
手羽先も柔らかくなる。


洗って圧力鍋に入れ、水を多めに張る。


ふたをして加熱、加圧。
圧が上がって、これも7分。
火を止め、放置。


酒も一合だけつけようか。
火を熾し鉄瓶も熱くしておく。


圧力鍋の圧が下がるのが20分程度。


OK。


ふたを開ける。


出汁(だし)も出ているし、手羽先も
関節まで柔らかくなっている。


どんぶり一杯分の出汁(つゆ)と手羽先二つを鍋に取り、
しょうゆと酒。
長く切ったねぎも入れる。


煮立ったら、ゆでうどんも入れる。


熱いのがポイント。
もう一度、煮立てる。


どんぶりに移す。


一合徳利に酒を入れ、燗もつける。






あ、薬味のねぎを忘れた。


が、まあよい。


食べよう。


舌が火傷しそうな熱い出汁(つゆ)と
うどんが腹に染みる。


燗酒も一杯。


温まる。



さて。



平蔵が食べたのはどんなものだったのか。
まあ、おそらく池波先生が食べたいもの、食べたもの
だったのであろう。


東京人のうどんはどんなものだったのか。


寒い時に食べるのは、うちでもそうだったが、
“煮込んだ”ものではなかったろうか。


落語にも鍋焼きうどんを担い売りする、
うどん屋」というのがある。


今戸焼の素焼の土鍋で食わす、
しょうゆ味の煮込みうどん、で、ある。