浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



その21 廓の噺、の、こと 5.「居残り佐平次」


まったく聴いたことのない人への
落語案内、というつもりで書き始めた。


廓の噺、も、5回目になってしまった。


先週の「品川心中」に引き続いて、今週も品川。
四宿(しゅしゅく)の筆頭。吉原に続く、繁盛の地であった。


今週は、いよいよ「居残り佐平次」である。
とにかく筆者、この噺が大好きである。
長く、大ネタでもある。これぞ落語である。


もともとは、円生師。
そして、立川談志家元。
談志家元なくして、今、この噺はなかろう。


まずは、新橋の居酒屋。
男が一人で呑んでいる。
隣りの四人組みと、いつしか話し込む。

「どうです、景気は?」
「いや〜、不景気ですよ。」

こやつ、一人一円で遊びに行きませんか?と、誘う。
一円、二円じゃすまない、少なくとも十円、まごまごすれば、
二十円もかかる。


「どうしようか、、?」
「あいつあんなうまいこといってるけど、、、誰?
「知ってる?」
「どっかで、見たことあんだけどなぁ、、、、、」
「あー、あいつね、祭りんときに、神輿の上にのってた奴じゃないの?」
「おお、そうそう、俺、知ってるよ、確か、佐平次、ってんじゃないのか?」
「じゃあ、だいじょぶか、、」
「行ってみるか」


と、いうことで四人(よったり)を連れて、品川へ。


「どうです、こんなとこで?」
「ばかに、立派だねぇ」
「小店というのは、コセついて、いけませんからね、ドーンとね!!」


「おうおう、若ぇ衆(し)、若ぇ衆」
「えー、なんでございましょう」
「この野郎、“なんでございましょうか”って、しっかりしろ。
 こちとら、お前(めえ)起こして、青物横丁(八丁畷の場合もある。)へ
 行くには、どう駆け出したらいいんでござんしょうか?、なんてことを
 聞こう、ってんじゃ、ねぇんだ。今晩厄介(やっけぇ)んなろうってんだ。
 どうだ?」
「へ。どーも、ありがとうございます。五人様で。
 へ。(見世の中へ)五人様、お登楼(あ)がんなるよっ」


わ、っと、騒いで、お引けの前に、
佐平次は、四人を呼んで、約束の四円をもらい。
その代わり、明日は、夜が開けない前、早くに、
帰って、ほしい、と、いう。


 「そんなことなら、いいんだけど、
  帰んねえですかい?流連(いつづけ)?」
佐「えー、、まあ、流連、、では、ありますが、まぁ、そう、、
  帰れれば帰りたい、、んですけどね、帰れないでしょ。
  勘定が足りないから。で、ここは、手前がずーっとここにいて、、」
 「じゃ、居残り?」
佐「ええ、まあ」。


円生師などの、伝統版では、この四円は、
自分の母親のところに持っていってほしいと、頼む。
自分は、居残りであるが、肺病で、空気のいい海辺のこのへんで、
ゆっくり、静養するんだ。だから、まあ、心配しなくともよい、
と、いう。


<談志家元版では違っている。
母親の話しと、肺病は出てこない。>


 「ちょっと、よしなよ。勘定だったら、我々で、
  なんとでもするからさ、、なあ。」
  ・・・・
 「いいじぇねぇか。いい、っていってるんだから。」
佐「そうそう。いいですよ、だいじょうぶ。
  心配しないで。ま、成り行き。ふわふわ、生きてますから、、。
  どうぞ。!!ご遠慮なく!!」


<これは大きな違いである。
佐平次を、いい奴になんか、する必要は、ない。
世の中の規範に、反抗するのが、落語の了見である、と、いうのが
談志家元の主張なのである。>


で、それぞれ、いろいろあって、よったり(四人)は、
朝早く、帰っちゃう。
佐平次は、残る。


朝も遅くなって、起こされる。
「日が高くなって、帰れないでしょ。」
と、また、酒を頼んで、呑み直して、寝ちゃう。


三時頃、起こされて、若い衆が、替わり番になる。
ついては、勘定を締めてほしい、と、いわれる。
しかし、佐平次、テキトウなことを、パアパアいって、
ごまかしてしまう。


風呂へ行って、また、勘定の催促だが、これも佐平次は切り抜け、
呑んで食って、そのうちに店も忙しくなり、取りっぱぐれて、
烏、カアで、夜が明ける、、、。


三日目の朝。
いよいよ、取っちめられて、


「払えよ!!」
「ないよ。」
「え?」
「だから、ないよ。」


ケツをまくる。
さあたいへんだ。


部屋を開けさせられて、布団部屋へ、入れられる。
これが、居残り、と、いう状態である。
こうした店では、金がなくて、勘定が払えないと、
前に書いた、付き馬、という手もあるが、
居残って、誰かに届けてもらう、と、いう手もあった。
しかし、佐平次の場合、確信犯。
どこからも届く、というあてもなく、なんとなく、
布団部屋に、住んでる、、、、。


と、、二日、、三日、、、おとなしくしていて、、、
ある晩、暗くなると、出てきた。


「えーと、、、。
 おやっ。なんですか台の物(※1)を・・・?
 はあはあ。
 そうでございますか。へえ、え?
 何番さん?、、え?、、三番さん。
 へい、よろしゅうございます。じゃ、手前が。
 イヨッ。」


と、佐平次。働き始めた。
口が上手くて、身が軽く、手先も器用で、ノリがいい。
掃除はする、花魁の手紙代筆、使いっ走り。
なんのかんのと、重宝がられ、この妓楼(みせ)に居付いて、
そのうちに、客の座敷にも登場するようになる。
と、客にも面白がられ、だんだんに座敷が掛かる(※2)ようになる。


ここのところ、伝統版と、談志版で、若干構成が違う。
談志版ではより丁寧に、描かれている。


居残りのクセに、人気が出て、客から祝儀をもらい、
面白くないのは、妓楼(みせ)の若い衆。
楼主(しゅじん)に話をする。


楼主に呼ばれた佐平治。
楼主は、あんたも、払える見込みもないんだろうし、
いつまでも、ここにいたってしょうがない。
今までのことは、もういいから、だまって、帰ってくれ、と、いう。


ここで、佐平次は、強請(ゆす)りにかかる。
それはありがたい、のであるが、自分はお尋ね者で、ここを出ると、
『御用』と、追っ手が掛かる身である。
もう少し、こちらに、居させてほしい、と。
楼主は、冗談じゃない、そんな者が、家にいたなんてことがわかると、
どんなことになるか知れない。
どっかへ逃げてくれ。


「先立つものが、、。」
「いくら?」
「100円(百両)。」
「じゃあ、わかった。これで、いいね。」
「しかし、、、この格好(なり)じゃ、、。」
「できれば、旦那の、昨日、越後屋からできてきた、、、
「なんでも知ってるんだね、、。合うかな、、。」
「ええ、昨日、着てみたら、、、。」
「しかたない、見込まれたんなら、じゃあ、それもあげます。」
「有難う存じます。このご恩は、一生忘れません。
 骨が舎利(しゃり)になってもこの妓楼(うち)にいたことは、
 決して、申しません。」
「あたりまえだ、この上、迷惑を掛けられたら、目も当てられない。」


この後、送り出し、下げ、である。
伝統版は、送り出した後、様子を見に若い衆が追っ掛けていくと、


佐平次は
「俺は、居残りを商売にしている佐平次という者だ、旦那によろしくな!」


「旦那、旦那、大変ですよ。
 あいつは居残り、を商売にしている男だっていうじゃないですか。」
「ああ、、、、そうか、どこまでまあ、人をお強(おこわ)にかけて。」
「あなたの頭がごま塩ですから」


お強にかける、と、いうのは、強請られること。
(ことに、美人局(つつもたせ)のことをいう場合が多い。)
かなり、わかりずらい、また、つまらない下げである。


談志家元版では下げも違う。
(よい下げである。
これは、生か、全集、ビデオ、などで、ご確認されたい。)


円生師の佐平次もよい。


ポイントはフワフワ、パアパアした、佐平次のキャラクターであろう。
太鼓持ちでもない、他のどの噺にも出てこない、
強力なキャラクターである。いわゆる、フラ(※3)、で、ある。
これを演じられる落語家は、なかなか、あるまい。


過去でも、円生師以外は、ほとんど演(や)り手はなかった。
(それ以前には、先々代の正蔵(当代こぶ平)のお爺さん)が
演った、らしい。
また、未確認だが、志ん生、も録音があるらしい、、。)


現代では、談志家元以外には、故志ん朝師も演り、小三治師も演る。


できたら、この、佐平次のように生きてみたい。
こんな風に生きられたら、どんなによかろうか。


品川の妓楼の二階で、ゆっくり時間の流れる、前半。


朝から、中トロを取って、呑み直し。
柱時計がボーンボーンボーン。三時過ぎ。若い衆に起こされる。
とても好きな場面である。


パアパアいって、若い衆を煙に巻いて、、、。
このやり取りもまた、実に、いい。


「君ねえ、目先が利かないと、いけないよ。
 もうじきあたりは、小暗くなってくるじゃないか、
 (中略)
 えー、そこへ、入ってくるのが、昨夜(ゆうべ)遊(あす)んだ
 四人(よったり)だ。
 ね、遊びをして、裏を返さないのは、お客の恥じ、
 馴染みぃ付けさせないのは、花魁の腕の鈍い、ぐらいのことは
 百も承知、二百も合点の四人なんだから、
 ほとぼりの冷めない昨夜の今夜で、
 『おう、また来たよ』ってなことで、縞を着てきた人が
 絣(かすり)かなんかに、形(なり)が変わっていて、、、」


そして、後半の佐平次の大活躍。
これはもう、文章にしても、楽しさ、よさは伝わるまい。
落語の世界の、大立者、佐平次の面目躍如。
妓楼(みせ)の奥から、表から、座敷から、縦横無尽に
パアパア、フワフワ、働き回る。
佐平次ワンダーランド、で、ある。


あまり、今、寄席や、落語会でも、なかなか聞けない噺かとも思われる。
しかし、マニアの噺ではない。
これが落語。これぞ落語。
落語をまったく知らない方に、是非、聞いてほしい。
(できれば談志家元の生、で、と、いっても難しいなぁ、、。)


DVD寄席 談志独り占め (講談社DVDブック)
これに入っています。

(未聴だが、志らく師、談春師もやるらしい。)

このフレーズが可笑しい


「ちょいと、いのどーん!」
「へぇーーーい」
「13番さんで、お座敷ですよ」
「よいしょ!」


※1、台の物:吉原などでもそうであるが、食い物は、外から取る。
大きな台にのっているので、台の物、といい、
台の物を誂えるところを、台屋、といった。
仕出屋、のようなものである。
しかし、この台屋は、鮨ならば寿司屋から、そばならば、
そば屋から、さらに取る。
それを、器を替えて見栄えを変えて、持ってくる。
円生師によれば、『鮨であれば、笹だらけ、、。
値段もガバと、とった』と、いう。


※2、座敷が掛かる:芸者や幇間などの仕事場は、宴席、であるが、
これを、座敷、お座敷、と、いう。
お座敷に呼ばれることを、座敷が掛かる、または、口が掛かる、
などとも、いう。
また、呼びたい芸人が、他の座敷でふさがっていると、
貰いを掛けろ、などと、いう。


※3、フラ:芸人の世界でいう、持って生まれた、
巧(たく)まぬ可笑し味、のこと。