浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。
 

大田蜀山人

南畝先生と呉服橋界隈、、茶屋四郎次郎との関係。そして、日本橋・蕎麦・やぶ久 その2

さて。 今日は昨日のつづき。 大田南畝先生が、呉服橋の茶屋長意なる幕府の呉服所を 勤める豪商、茶屋四郎次郎家の旦那と思われる人物、のところへいった、 という話で、あった。 ここから、マニアックなところに入っていくのだが、 ちょっと、引っ掛かった…

南畝先生と呉服橋界隈、、茶屋四郎次郎との関係。そして、日本橋・蕎麦・やぶ久 その1

1月27日(水)夜 さて。 このところ、仕事では、資料調べが続いており、 今日も、大手町。 6時に終わり、久しぶりに、日本橋の蕎麦や、 やぶ久へ寄ってみることにする。 大手町、永代通りからJRをくぐって、呉服橋交差点へ。 先週も、少し温かい日があっ…

蕎麦・上野・蓮玉庵

6月3日(水)夜 今日なども、随分と暑かった。 それも原因であったのだろうが、 無性に今日は、池之端の藪蕎麦へいきたくなった。 今、一番私がくつろげる蕎麦やが、ここ、である。 なん度も書いているが、店構えから、中の雰囲気、 注文を通す声、はしらわ…

蜀山人 大田南畝先生その後 2.

今日は昨日の続き。 蜀山人大田南畝先生の後半生とその人生について考える。 ************* ■第一回「学問吟味」受験。屈辱の落第。 寛政四年、南畝先生四十四歳の年である。 松平定信は、寛政の改革の一環として、幕臣の人材登用のための試験 …

蜀山人 大田南畝先生その後 1.

先日書いた、筆者が妙に惹かれる大田南畝。 もともとは、「恐れ入谷の鬼子母神・・」が大田南畝の作である、 ということを確かめるために調べ始めたのだが、 調べていくうちにもっともっと、南畝先生のことが、 知りたくなってきた。 そして、「蜀山人 大田…

蜀山人 大田南畝先生・前半生

さて、今日は昨日の続き。 と、いっても、鴨の続きではない。 蜀山人、のことである。 例の課題は、まだわかっていないのだが、 なにかやはり、この人ちょっと、おもしろいのである。 まだまだ調べ始めたところであるが、 少し書いてみたい。 蜀山人の研究書…

蜀山人と、あいやき

2月25日(日)夜 午後、稽古がてら、調べ物(蜀山人)があったので、 台東区の中央図書館へ徒歩でいく。 合羽橋道具街通り(新堀通り)、言問い通りの手前。 (ここの一階には、池波正太郎記念文庫があるので有名。 先生の蔵書や、再現された書斎がある。 フ…