浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その22 古今亭志ん生 三軒長屋

f:id:dancyotei:20190521083754g:plain

引き続き、志ん生師「三軒長屋」。

鳶頭(かしら)の家と先生の家は伊勢勘の抵当になっており、
もうじき、抵当流れになり伊勢勘のものになる。どぶさらいの
鳶頭とへっぽこ剣術の先生は追い出して三軒を一緒にして住む、と。

それをお妾さんの女中がそこここで喋り、鳶頭の内儀(かみ)さんの
耳に入ってきた。
姐御(あねご)は烈火のごとく腹を立てる。
そこへ数日家をあけていた鳶頭が帰ってくる。
「お前さん、そんなことをいわれて、男がすたるよ」と。

聞いた鳶頭は、羽織を着て出るが、伊勢勘の親父のところではなく、
剣術の先生の家に。先生に、今、隣の伊勢勘の親父が、こんなことを
言っている。腹が立つじゃありませんか、と。
なに!へっぽこ剣術使い!、と先生も怒る。
そこで、鳶頭は先生に、こんなことを考えたと、策を話す。

先生は真ん中の伊勢勘の親父のところへ行く。
門弟も増えたので、広いところに転宅を考えている。
しかし、金がない。そこで千本試合というものをしようと思う。
これは、数多くの剣客を集め、立ち合いをする。この時に、皆、
なにがしかのものを持てくるのでこれを集め転宅の費用にしようと。
ただ、この試合は、中には真剣で立合う者も出てくる。
切られて逃げてくる者もある。危ないので三日間の間、
戸締りをして、外へ出ないでもらいたい、と。

これを聞いた伊勢勘の親父は、そんな危ないことは
やめてもらえないか。失礼ではございますが、お引越しの
費用を出させてほしい。そうすれば、そんな危ないことを
しなくともよいのでしょう?と。
先生は、返すあてはないが、、。いや、そんなことは結構、
是非使ってくれ、というので、先生は50両もらい、明朝
すぐに引越す、といって、帰る。

次に、今度は鳶頭がくる。鳶頭は、仕事の都合で引越しを
しなくてはならなくなったのだが、金がない。それで、江戸中の
仲間を集めて、花会(はなかい、博打の会)をしようという
ことになった。面倒くさいので、酒を樽ごと置いて、まぐろを
一本置いて、そこに出刃包丁やら、刺身包丁だの置いて、勝手に
呑んで食わせようと考えている。
酒が入ると、お約束で暴れる奴も出てくる。三日間、戸締りを
して外へ出ないようにしてほしいと。
伊勢勘の親父は、なんだ鳶頭、そんな危ないことはやめとくれ。
なんで、旦那、引越し代がないから出してくれ、とこないんだ。
いくらいるんだ、と50両やる。

明日の朝、早く引越すといって、帰ろうとする鳶頭に、
伊「あ、鳶頭、先生も引越すって、言ってたが、お前はどこに
  引越すんだ?」
頭「あっしが先生のところに引越して、先生があっしのところに、
  引越すんですよ。」

これで下げ。

会話は筋に関係ある部分のエッセンスを抜き出し、全体の筋だけを
書いてみた。

実際に、お話はこれだけ。これを喋ると、10分もかからないで
終わるのではなかろうか。
しかし、この噺、上下に分けて、全部で1時間程度かかるのである。

つまり10分でできる噺を1時間に延ばしているといってもよい。
これはいったいどういうことなのか。

かなりへんな噺といってよい。
筋10分で、これを大幅に膨らませて、噺ができているのである。

今書いた部分だけを喋って一席の噺として成立するのか。

おさらく成立するのであろう。
まあ長めの小噺くらいのものにはなろうが。

結局、ストーリー、さらにストーリーに付随する枝葉を落語らしく
会話で演じて膨らんでいるのである。

どこが膨らまされているのかというと、いくつかに分けられるが、
順を追って書いてみよう。

まずは鳶頭が留守の鳶頭の家。鳶頭の内儀さん(姐御)のところに、
配下の者が、喧嘩の仲直りの会をしたいのだが、二階を貸してくれ、
と頼みにくる。

さらにこの中もさらに分かれるのだが、頼みにくると、まずなぜ喧嘩に
なったのか、喧嘩の場面が再現される。

喧嘩をしていたのは、ガリガリ宗二(ソウジ)とヘコ半。
内容は他愛もないもの。

二人で湯やに行って、湯に入っていた。
唄を唸っているガリガリ宗二の鼻先で、ヘコ半は屁をこく。
謝ればいいのに、屁は俺のもんだ、返せ、などといって、喧嘩になる。
まるで馬鹿馬鹿しいが、おもしろい。
洗い場で取っ組み合い。

湯やのお内儀さんが、姐御のところに頼みにきた者(名前は出てこない)に、
お仲間がウチで喧嘩を始めて手が付けられないので、分けてくれ、と。
他の仲間を連れて、湯やへ行って分ける。

分けたが、またぶり返さぬよう、皆で一杯やって納めようということに
なった。
それで、頼みにきたのである。姐さんはそういうことなら貸すよ、と。

姐「いつやるんだい?
  明日かい?」
男「いや、明日じゃないんで。」
姐「明後日かい?
  早くおやりよ、こういうことは。」
男「いや、
  今なんで。」
姐「早すぎんねえ、今だなんて。」
男「だって大勢表で待ってるもん」
姐「なんだい、連れてきたのかい?
  人が貸すとも、貸さないとも言わないうちに。
  しょうがないねぇ。貸すよー。
  貸すけどもねー、お前たちは寄るとさわると、言葉が荒くっていけないよ。
  この野郎だの、こん畜生だの、叩っ殺すぞ、なんていけないってんだよ。
  うちはいいけど他のおとなしい人(隣のお妾さん)がいらぁな。
  いけないよ。乱暴な口をきくんなら、貸さないよ。」
男「いや、だいじょぶです、乱暴な口はきかせません。
  乱暴な口きいたら、その野郎、俺ぁ、叩っくじいてやる。」
姐「それが乱暴だ、ってんだよ。」

このあたりのやり取り、実に小気味よいし、おもしろい。
男勝りの姐御の口調も、気持ちがよい。

姐「みんなおいでな!」と呼び込む。
男「おーう。こっちへえんな!
  姐さんがなかなか貸さねえんだぞ。手前(てめえ)達ゃ寄るとさわると
  この野郎だの、こん畜生だのいうからよ。そんなこといっちゃいけねえ
  ってんだ。ほんとに、静かにしろい。静かにしねえと承知しねえから。」
姐「うるさいねえ。」
男「うるせえなぁ。」
姐「お前がうるさいんだよ。」
男「俺だぁー。
  すいません。」
姐「なにいってんだ。」

 

つづく