浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



池の端藪蕎麦

9月28日(金)夜



9月も今週で終わり。


今日は早く帰る。


18時半頃、オフィスを出る。
たまにはよいであろう。


早いとなると、池の端藪蕎麦


このところ、近くだが丸井裏の、上野藪
の方が続いたが、やはり、最も好きな蕎麦や、
と、いえば、こちら、池之端にある藪蕎麦、である。


この文章を以前から読んでいただいている方には、
今さら説明の必要もないかもしれないが、もう一度、おさらい。


この池の端藪は、都内になん軒もある藪蕎麦の
最も源流に近い、といわれる、三軒の藪、すなわち三薮(さんやぶ)の
うちの、一軒。


この店のホームページにその由来が書かれているので
少し長いが引用させていただく。


『藪は幕末のころ、本郷根津の団子坂にあった


「つたや」が元祖であったと伝えられております。


竹薮の茂った広い庭があったことから、


「藪」と言う愛称でお客様に親しまれてまいりました。



「藪蕎麦」という名称は、いわばお客様につけていただいた


屋号なのでございます。その暖簾が明治十三年、


神田連雀町にある曾祖父七兵衛の「かんだやぶそば」に預けられ、


更に大正二年、浅草並木町の「並木藪蕎麦」に分けられたのち、


昭和二十九年、父鶴雄の手によって上野池之端に店を構え「


池の端藪蕎麦」に及んでいる次第でございます。 』



(どうでもよいが、ここの店名は“池の端藪蕎麦”。
町名は池之端。理由はわからぬが、店名は『の』がひらがなで、
町名は漢字。こちらのホームページでも使い分けられている。)


藪蕎麦というのは、「団子坂」→「かんだやぶ」(明治)→
雷門の「並木藪」(大正)→「池の端藪」(戦後)、この順。


そして、この系譜は、単なる暖簾分けではなく、
皆、ご親戚である、ということ。


上野藪蕎麦の創業は明治25年
(おそらくこちらは暖簾分け、なのであろう。)
池の端は昭和二十九年と、戦後。
上野藪の方がよっぽど古い、と、いうことになる。


かんだ、に、しても、並木、に、しても、池の端にしても
三者三様、随分と違い、それぞれに、よい、のであるが、
雰囲気、客層、味、含めて好みに合っている。
また、仕事の帰り道にあり、寄るのに便利、ということもあり、
ここがくる頻度も高い、ということである。


ちなみに、“並木”は先頃、新築したが雰囲気は昔のままで
あそこの天ぬきで、寒い日に燗酒で一杯やるのは、それこそ
“堪(たま)らない”ものがある。


また、“かんだ”の方は、注文を通す時のあの、長く伸ばす声。
私なんぞは、あれに東京都の重要無形民俗文化財を差し上げねばならぬ、
と、思っている。



さて。



上野御徒町を降りて、地上に上がる。


裏通りをごちゃごちゃ曲がって、仲町の通りへ出て左折。


猥雑な界隈を抜けて、この端正な店の前へくると、
なにかほっとする。(猥雑もむろん、嫌いではないが。)


右側にちょいとした緑があり、左側に白木の格子戸。
ちょいとしたものだけれど、この緑が実によい、のである。


“かんだ”などは乙な門があり、庭を抜けて玄関。
これよりも、ほんの少しの坪庭にもならぬようなものだが
こちらの方が、私には、よい。


入ると、今日は比較的すいている。


テーブルも座敷もあいている。
座敷であれば、最も手前の通り側の、今いった、緑が見える場所。
ここが大好き、なのだが、生憎ここだけふさがっている。


しかたない。テーブルの一番手前側に座る。


座って、まずはビール。


ヱビスの瓶。


肴は、道々決めてきたようなものだが、
気は心で、お品書きを見る。


見るだけ見て、やっぱり、柱わさび。


柱、というのは、小柱。


小柱とわさびしょうゆ。


ビールがきて、小柱も。





正方形の塗りのお盆に、一人分の酒呑み空間。


左の小さな四角の皿にのっているのが、蕎麦味噌。


これは頼まなくとも、酒類を頼むとお通しとして出てくる。
その上が、柱わさび。


丸い小鉢に盛られ、細く切った海苔。


本わさびの小皿に、その上がほんの小さな、しょうゆ差し。
これがまた、よいではないか。
しょうゆ差しをビールのグラスと比べていただくとわかるが、
高さ5cm程度であろうか。
まさに乙なしょうゆ差し。


柱わさびという肴自体も、乙なものだが、これにはこのしょうゆ差しが
実に合っている。


池波先生のエッセイにある「江戸風味の酒の肴」
池波正太郎著「チキンライスと旅の空」朝日文庫



というのは、こういうものであると思われる。


ただ、この小柱は、今、東京のそこそこ以上の鮨やや、天ぷらやで
使っている小柱と同じで、大粒。
小柱、というのは、ばか貝(青柳)の貝柱。
江戸前の貝類として、代表的なものだが、ほんとうの江戸前のものは、
もっと小さい。


小柱をぽつぽつと、つまみながら、呑む。


呑み終わり、食べ終わり、蕎麦は?


やはり、ノーマルにざるがよかろう。





ちょっと写真の蕎麦の色がグリーンが入っているようだが、
見た目はこんなものではなく、濃い目の藪蕎麦の色。


きりっとした、濃い目のつゆで、うまい蕎麦、で、ある。



うまかった、ご馳走様。



席で勘定をし、店を出る。



やはり、池の端薮蕎麦、よい蕎麦や、で、ある。







池の端藪蕎麦