浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



春日・焼肉・新香園

4月11日(土)夜

土曜日。

よい天気。
そして、暑くなった。最高気温27.3℃(13時21分)。
夏日。
どうしたことであろうか。
4月もまだ2週目である。
暖かくなるのはよいのだが、春の気温ではない。
また、この寒暖差もいけない。
身体が追い付かぬ。

今日は、内儀(かみ)さんの希望で、焼肉。

焼肉といえば、最近はもっぱら、ここ。
春日の[新香園]。

18時半の予約。

大江戸線で新御徒町から三つ目。
春日駅の一番北の改札から出て、春日通り沿いに
北へ歩き、左側。

今は、小石川一丁目だが、旧町は初音町。
これは江戸期は武家地で町名はなく、明治初期から。

初音の由来は、なんであろうか。
これちょっとおもしろい。

鶯がその年の最初に鳴く声のことを初音という。
他の鳥ではなく、鶯。

ここからは少し離れているが、今の小石川植物園、
江戸期には、幕府の薬草園である小石川御薬園。
あの「赤ひげ」の小石川養生所もここにあった。

ここは、もともとは将軍になる前の綱吉の屋敷で、
白山御殿と呼ばれていた。
また、その頃から既に薬草の栽培をしていたよう。

自然が豊かで、その頃から白山御殿のあたりは
鶯の鳴く「初音の里」と呼ばれるようになった
という。
根岸の鶯谷も、鶯の鳴く谷からきているが、江戸の頃、
緑豊かなところは鶯の声もよく聞こえ風雅な場所。
まあ、江戸ある、ある。
で、明治になってちょっと洒落て(?)付けた
であろう町名だが、やはりいささか遠かろう。

閑話休題。

店のあるビルに着いて、入口は2階、エレベーターで
あがる。
名前を言って、さらに階段で3階へ。

なぜであろうか、この時刻に二人で予約してきているからか
いつもほぼ同じテーブル。ここは掘りごたつ式。

ipadでばらばらと、注文。

瓶ビールがきて、タン塩とキムチ。

牛上タン旨塩、で、あったか。

味付きのねぎが別の皿で出てくる。

これ、気が利いている。
前からこうであったか。
タンを焼いてから、載せて食べられる。

むろん、うまい。

お通しがきていなかったので、内儀さんが頼んだ。

春雨とポテサラ。

カルビ。

ロース。

ここのたれは、比較的あまめで、あろう。
にんにくなども強くないか。

どちらも、うまい。

もう一品。レバー。

うまい、うまい。

さて、スープとご飯もの。

なにがよかろう。
牛テールスープだ!。
うまみたっぷり。

ご飯も。

コムタンスープ、かと思うと、コムタンだけでは
長時間煮込んだスープという意味で、コリ(尻尾)を
付けて、コリコムタンが正しいよう。

滋味深い、という表現がとてもよくあてはまる、だろう。

スープもうまいが、このテールの、骨に付いた肉
そのものもほろほろとし、中心部の髄と合わせて、
また、堪えられぬうまさ。

洋食でもテールシチューというものがある。
そう、ミラノ料理のオッソブッコも牛テールであった。
ミラノ風リゾットはこの牛テールの煮込んだスープで
炊いている。牛の尻尾肉の煮込みは、万国共通で、
うまい、のである。

伝統的に牛豚の肉は我が国では食べなかったので
こんなうまいものを長らく知らなかったわけである。

我が国で、仮に牛豚肉を継続して食べていたら、
和食はいったいどんな風になっていたのであろうか。
今風にいえば、そんな世界線?。
今のような和食にはならなかったのか。
それとも、牛豚肉料理が、和食に溶け込んでいたのか。

和食の料理人の本質は、素材をとことんまで突き詰める
ということであろう。また、ある種オタク的に食い物に
執着する食べ手の存在。こういう人は江戸の頃から
既にいた。
この両者があって、出来上がっているのだろう。
材料は関係ない。
と、いうことは、やはり、どういう料理ができていた
のかはわからぬが、魚介に加えて牛豚も溶け込んだ和食に
なっていたのでは、なかろうか。
いや、もしかしたら、フレンチやイタリアンの日本人
シェフが今作る料理がそれにあたる、のかも。

ともあれ。
ご馳走様でした。
会計は、10,570円也。
うまかった。


新香園

03-3812-8339
文京区小石川1-11-13 新香園ビル 2F・3F

 

 

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