
さて、引き続きイタリア。
ジェノヴァから鉄道でミラノへ移動してきた。
ミラノ中央駅そばのホテルを予約してある。
INNSiDE by Melia Milano Torre GalFa、というところ。
このあたりはどんな地域、なのか。
ミラノもなん重かに、時代によって広がっており、
真ん中はドゥオーモやスカラ座のある古い古い
中世からの旧市街。
ここミラノ中央駅付近はその市壁二つ分は外側になるのか。
駅正面から右へ。トラムが走っている。
ヒルトンミラノが右側にあって、左が小学校のよう。
これらは昔からの石造りの雰囲気で高さが揃っており、4~5階。
その先左にタワーのビル。Torre GalFa、トッレ・ガルファ、
というよう。
トッレはタワーで、ガルファは面している二つの通りの名の
合成で、ガルファ・タワー。


このタワーがホテル。
ミラノは長くミラノのドゥオーモの高さ、約108mを超えない、
という高さのルールがあった。1950年代以降再開発のため緩和・
一部撤廃され、ミラノには高層ビルが建つようになったという。
このトッレ・ガルファは今、真新しく見えるが、1950年代の
建設ということで意外に古い。知らずに予約したのだが、
ミラノの戦後高層ビル建築の先駆けのよう。31階建て、高さは
108.5m。ぎり、ドゥオーモ超え。
今は12階までがホテルでその上は住居になっているよう。
ビルに入ったところにホテルのレセプション。
中のデザインも白基調、カジュアルでお洒落。
お兄さん達も上着を着ている人もいるが、下はデニムだったり、
上着なしで黒い襟付きシャツだったり、カジュアルフォーマルと
いう感じか。にこやかで親しみやすい感じだが、ちゃんと品もある。
こういうところがイタリアらしいのかもしれぬ。
気持ち早いが、チェックインできた。
私、今日はまだ、なにも食べていなかった。
内儀(かみ)さんは、朝なにか食べていたようだが。
荷物を置き、ちょいと一休み。
下へ降りて、1階のお洒落なカフェでなにか食べよう。
カウンターに白木のテーブル。
このビル、調べると建設当初はオフィスビルとして
使われていたよう。それが2000年代には空きビルになり
一時は廃墟のようになっていたらしい。
それが構造だけそのままで外装内装とも全面改装され、
2019年からホテルと住居用ビルとして再オープンしたらしい。
それで、真新しい。
なるほど。ここ、ミラノの街の戦後建築を代表するような
レジェンドビルであった。
さて、なにを食べよう。
カジュアルなカフェなので、簡単にピザにでもしようか。
マルガリータ。
きた。
書いているように、イタリアでピザを食べるのは初めて。
いや、正確には一度だけある。
以前、かなり前だが、最初にローマにきた時に
スーパーで買ったぶ厚いできあいのものを冷たいまま
食べたことがあり、それが当然だがもそもそしてまずかった。
これがあまりいい印象ではなかった。
で、前に書いたが、日本でもうまいピザが食べられるし、
なにもイタリアにきてまで食べることもなかろう。
他にいくらでもイタリアにはうまいものがある、と。
もっというと、ピザというもの、うまいがそれほどのもの
ではないのではないかと思っている。
縁が膨らみ、生地は薄い。
マルガリータはナポリと聞くが、、。
これナポリ風かと思ったが、調べると、ミラノ風という
のもあり、ナポリよりも薄いのがミラノと。
これ、ミラノ風?。
わからぬが。
ともかくも、うまいが、微妙なもので、大幅には
違わないのでは、というのが正直な感想。
さて、ここから、ミラノでは前回ドゥーモの中には
入らなかった。(今回、ジャノヴェでは行きもしなかったが。)
これが引っかかっていたのである。
今回のミラノ・コルティナ五輪でもあの映像は頻繁に
映像として映っていた。
それで、今回はドゥーモの中も観ておこうと。
チェントラーレ駅まで行って、地下鉄でドゥーモ駅まで。
これ。
左はガッレリア。
この取り合わせはやはり、強力、で、ある。
Cattedrale Metrotona della Nativita della Beata
Vergine Maria、カッテドラーレ・メトロポリターナ・
デッラ・ナティヴィタ・ベアータ・ヴェルジネ・マリア、
直訳すると、祝せられた乙女マリアの誕生に捧げられた首都大司教
座聖堂というのが正式名称。
この長い名前そのものや略称を見ることもなく、ただDuomo di Milano、
ミラノ大聖堂と呼ばれるのが通常のよう。
聖堂内に入るチケット、屋上に登れるもの、地下のこの聖堂以前の
遺跡を観るものなどとあるようだが、聖堂内だけでよいか。
前回きた時には随分列をなしていたようだが、今回はほぼなし。
2月のミラノコレクション直前の時期で、観光客も多かったのか。
この聖堂の着工は1386年(日本だと南北朝時代)、出来上がった
のは1813年(文化10年、江戸後期)、ナポレオン時代、
ナポレオンの命によってのよう。イタリアの教会ではよくあるが、
かなり長期間、500年も掛かっている。
世界最大級のゴシック建築であり、聖堂の大きさもバチカンの
サン・ピエトロ大聖堂などと肩を並べる規模。
やはり、古くからミラノは、ローマに負けぬ地位があったと
いうことができるのだろう。
もういくつもイタリアなどの有名教会を観ているが、いい加減
建築も少しくらい覚えた方がよいか。
時代的には、ザックリ、ゴシックがあって、次がルネサンス。
欧州の有名な教会はここのように尖った尖塔のゴシックが多い。
これに対して、ルネサンスは、バチカン、サン・ピエトロ大聖堂、
あるいは、昨年観たフィレンツェのサンタマリア・デル・フィオーレ
大聖堂のように屋根は丸い、と。まあ、まずはこんな風に覚えれば
一目で見分けられるか。一応、こういう説明がされるようだが、
そうでない例外もたくさんあって、まあ、そういうもの、と
理解しなければ、いけないよう。
つづく
※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメール、ダイレクトメッセージはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。