浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭イタリアへ行く パート2 その22

引き続き、イタリア、ジェノヴァ。

ジェノヴァの街の探索。
旧港にきていた。
市場を見て、世界遺産、赤の館、白の館の方に向かう。

石畳だが、坂。

やはりジェノヴァ、海からすぐに坂になっている。

徒歩で10分程度であったか。
このあたりは、朝だからか開いている店も少なく、住宅街か。

ガリバルディ通りに出る。

Palazzo Rosso、赤の館。

Palazzo Bianco、白の館。

そして、Palazzo Doria Tursi、パラッツォ・ドリア=トゥルシ。

実は、赤白二つと書いてきたが、わかりやすいので、赤白
を並べて扱われているのであろう、だが、もう一つあって、
この三つで一つの施設になっている。今の正式名称は、
Musei di Strada Nuova、ムゼーイ・ディ・ストラーダ・
ヌオーヴァ、「新道の美術館」。つまり、今は美術館。

若干それぞれ年代はずれるようだが16~17世紀のもので、
また、三軒とも所有者は変転しているが、貴族家などの
持ち物。

さて、さて。
やっぱり、ジェノヴァそのものの歴史もみなければいけなかろう。

ジェノヴァは紀元前6世紀には人が住み始めているという。
そして古代ローマ期にはローマ帝国の軍港、海軍基地として
また、地中海貿易の中継地として発展したよう。

476年西ローマ帝国崩壊後は数百年異民族支配の時代を迎える。

10世紀末、先にチンクエ・テッレのところで触れたが、
北アフリカのイスラム勢力の襲撃、略奪に晒され、衰退の
危機に陥る。市壁の再構築など防衛体制の強化で持ちこたえ、
同時にこの時に独自の海上勢力を育んだよう。
当時の貿易品はドメスティックなイタリア国内や周辺島の
穀物、ワイン、オリーブオイル、木材、鉄。またイスラム、
キリスト教側双方、捕虜を奴隷としており、その売買にも
関わっていたよう。

こんな中、11世紀に入り、商人、貴族によって、共和国の
母体となる互助・防衛組織が生まれていった。
「略奪される側」から「地中海を支配する武装商人」へ
脱皮するフェーズといってよいよう。
なかなか、たいへんな道のり、で、ある。

ジェノヴァ共和国成立の明確な年代が特定されている
わけではないようだが、11世紀初期、神聖ローマ帝国の
勢力下にあったが、帝国から自治権を認められるようになり、
この頃がジェノヴァ共和国として独立したといえるよう。

またこの頃、第一回十字軍(1096年~)に積極的に関与す
るようになる。十字軍への参加はジェノヴァにとって大きな
転機といってよいよう。これにより、地中海の商業・海軍
大国へと急速に成長していった。

その後、13~14世紀がジェノヴァの黄金期のよう。
1284年のメロリアの戦いでピサを破り、西地中海の
覇権を確立。さらに、東地中海や黒海などに植民地を
拡大する。そして、まさにこの頃、同じような動きを
していたライバルのヴェネツィア共和国と100年以上に
わたる激しい抗争を繰り広げることとなっていく。

16世紀、17世紀、オスマン帝国の台頭により東方貿易が
衰退すると、ジェノヴァは金融業へと軸足を移すようになる。
昨日書いたサン・ジョルジョ銀行はその主たるもの。
まさに時は大航海時代、日の沈まぬ国、スペイン王国
(ハプスブルク朝)の御用達となり金融面で支え、
世界屈指の銀行家として君臨するようになる。
今回の、ジェノヴァの世界遺産の貴族の館群はこの頃の
ものということ。

先にジェノヴァ生まれのコロンブス(コロンボ)のことを
書いたが、彼がスペインから派遣されて新大陸を発見
した(ことになっている)のはこのようにスペインと
ジェノヴァの良好な関係があったから。

18世紀に入ると経済は徐々に下降し、1797年ナポレオン
侵攻によりジェノヴァ共和国は崩壊。リグリア王国、
サルディーニャ王国を経て、イタリア統一となる。

近代に入ると、内陸のミラノ、トリノの外港となり
「工業の三角地帯」の一角として、イタリア最大の
港湾都市へと発展していった。

ジェノヴァの歴史、ざっくり概観してみた。
ライバルのヴェネツィアとの比較だったり、もう少し
おもしろいこともあるのだが、今日はここまでに
しよう。

書いたように、赤白の館は、美術館で見学するのだが
10時から。ここに着いたのが、9時半頃。
時間つぶしに、そばにあったカフェで、カプチーノ。
やっぱりたばこの吸える外のテーブル。
ちょうど、隣のテーブルに一人のおじいさん。
ちょっと気難しそうな風貌。
イタリアという国、どこの街でも犬を連れている
人をよく見る。地下鉄や電車の中、スーパーでも。
このおじいさんもレトリバーか、大きな犬を
連れていたのだが、とてもよく躾けられている。
おじいさんの足元におとなしく寝そべっている。
おじいさんはコーヒーをお替りし、電話をしたり、
我々よりここに長くいるよう。その間、このワンちゃんは
ずっとおとなしい。ジェノヴァでこういう犬連れで
カフェでくつろぐおじいちゃんを他でも見た。
おばあちゃんではなく、決まっておじいちゃん。
犬は皆、必ずちゃんと足元に寝そべっている。
まるで盲導犬のように。日本でここまで躾けられた
飼い犬はまず見ない。特にジェノヴァに限ったことでは
ないとは思うが、これも文化といってよろしかろう。
私は今は飼ってはいないが犬好きで、ちょいと
うらやましい。

10時になって、切符を買う。

三つあるが、順番は白から入って、繋がっている隣の
パラッツォ・ドリア=トゥルシ、そこから斜向かいの赤へ。
これがよいよう。

白に入る。

入ったところ。

中は、15~17世紀の大量の欧州絵画。

まあ、正直書いている通り、さほど絵画に興味がある
わけでもないので、ざっと。

二階であったか、隣との間がつながっており、
屋上庭園のようになっている。

お洒落。

 

つづく

 

 

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