
水上バスに乗って、鉄道駅まで。
さて。
ヴァネツィアを離れるにあたっていくつか、ヴェネツィアで
書き残したことがあるので、書いておこう。
一つは、食い物。ヴェネツィアではBacaro、バーカロという
スペインのサン・セバスティアンにあったような、つまみが
うまい、ほぼ立ち呑みの居酒屋が多く、やはりめぐる
観光客もあるよう。もちろん、見かけたのだが、やはり
私には合わない。行かなかった。そうそう大酒は呑めぬし、
落ち着けぬ。
もう一つ。ヴェネツィアといえば日本人には、歴史的に思い
浮かべる人物があるのではなかろうか。そう「東方見聞録」の
マルコ・ポーロ。この人が、ヴェネツィアの生まれ。13世紀の
人で、共和国最盛期の少し前。当時、中央アジアから中国(元)
まで旅をした人。この人の痕跡はというと、空港の名前になって
いるのだが、街には住んでいた住居跡の表示板程度で、ちょっと
拍子抜け。
さて、さて、こんなことろで、ヴェネツィア、まとめよう。
唯一無二で、おもしろい街である。
書いている通り、自動車はおろか、自転車すら走れない。
自家用ボートを持っている家もあるが、どこへ行くのも、
基本は徒歩のみ。ものを運ぶのは手押し車。
世界に類を見ない都市、まさか、江戸時代のような生活?、とも
思ったのだが、実際はそんなことはない。
人々の生活は電気ガス水道、冷暖房完備で現代のもの。
もちろん、ネットも携帯電話も繋がる。
また、住民が自動車を持っていないかというと、そうではなく
本島手前にある駐車場に停めてあり、島外のショッピングセンター
などに買い物に行くと。まあ、さすがにそうであろう。
本島の産業はほぼ観光。
ホテル、レストラン、土産物、雑貨、ブランドショップ、
水上タクシー、ゴンドラ、などなどサービス業と公務員、
公共事業関連ということになるのだろう。
また、教会など、宗教文化財施設も多いので神父さんなど
聖職者、その関係の仕事も含まれよう。
また、伝統的で小規模な造船その他、手工芸、手工業など、
あるいは文化財の保護修復関連の仕事も多くはなかろうが
あろう。
本島内の観光と観光環境を維持する仕事といったところか。
(また公共関連には、むろんどこの地域にもあるごみ収集、医療、
といった、いわゆるエッシェンシャルワークがあろう。
これに加えて、街を歩いていて見かけたが、ペンキ塗り、壁塗り
大工、などなど、身近な土木、建築なども本島内に携わる人が
いると思われる。)
基本、ヴェネツィアに関わる仕事に限定され、他の大都市に
ある民間企業のオフィスワークといった仕事は少なかろう。
一方、本島には大学もあって、本島全体の人口5万人弱に
対して、学生に教員などを加えた学校関係者は1万人超もあり
決して少なくないよう。イタリアの他の歴史的街もそのようだが、
ちゃんとアカデミックなのである。
「ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学(Universita Ca' Foscari?
Venezia)は、1868年設立の歴史ある名門公立大学。特に人文系
歴史・経済分野では国際的な評価も高い。美しい運河沿いの建物が
キャンパスとなっており、日本人留学生も多く、日本語学科も
設置されている」(ウィキ)と。
こんなこともあってか、治安はイタリアの大都市でもよい方と
いってよいよう。(まあ、若いヤカラは少なそう。)
金銭的負担はどうか。観光地でもあり物価が高い。一方税金。
イタリアの消費税は全国同じ(標準22%)、所得税、不動産税
なども全国共通。その他、近年の海水位の上昇など、特殊な
水上環境なのでインフラ維持のための負担は他の自治体に比べ
重くなってはいるよう。多少独自環境による住みにくさはあるか。
こんなことを煎じ詰めると、歩きのみで、買い物などには多少
不便し、生活費も多少高め、仕事は観光公共関連のヴェネツィア
らしいもの限定されるが、プライベートは意外に他の大都市と
同じように送れるといってよいのだろう。
ただ、住民は、アパートの大家さんのお兄ちゃんと話をしても
感じられたが、他の歴史的都市と同様にヴェネツィアという
街へのアイデンティティーと誇りは強い。
自分がヴェネツィアでなにができるのか、まったくわからぬが、
この歴史的特殊環境に暮らせるのは、ちょっと愉しそうである。
さて、鉄道駅に着いた。
EU、イタリア、ヴェネツィアの三本の旗。
前にも書いた、ちょっと長細いのが正式なヴェネツィアの旗。
守護聖人聖マルコの象徴である福音書を持っている翼のある獅子と
右側の六つの細長い四角は本島の六つの地区を表しているよう。
ジェノバまでの切符を買って入る。
構内にあるスタンドでカプチーノとサンドイッチを買った。
パニーニというのが正しい。やっとわかってきたのだが、パニーニが
英語のサンドイッチにあたるよう。私、パンの種類だと思ってきた。
パンはフォカッチャだったりいろいろでよいよう。

生ハムをはさんだもの。こういうのが、うまい。
で、このパンは、不確かだが、バケットのようにちょっと
表面が堅く、チャバタというヴェネツィア発祥のパンだったか。
ただ例えばフォカッチャもジェノヴァが発祥というが、イタリア北部、
いや全土で、今はどこでも同じパンが食べられるよう。
さて、ヴェネツィアとジャノヴァの位置関係。
ちょうど、どちらも長靴の付け根。
前の歴史の説明でもジェノヴァが出てきていたが、
ヴェネツィア共和国とは中世、大競合関係にあった
同じ港湾都市である。
鉄道でどう行くかだが、行き方は実はいくつもある。
このあたり、イタリア北部は大都市が多いせいだろう、
鉄道は発達している。
一番ノーマルで、おそらく最短なのは、ミラノ経由。
だだ、直通はなく、ミラノ・チェントラーレ(中央)
で一度乗り換え。
乗り換えが必要なので、時刻によってうまく接続できない
ことがある。今回もそれ。
ボローニャまわりで、ボローニャ・チェントラーレ、
ミラノ・ロゴレード、ジェノヴァ・プリンシペ着の
二回乗り換えだが、これが最短。どれも特急。
まあ、どうまわっても所要時間、4時間15~30分ほど。
ちなみに、日本では、東京~大阪だと東海道線、と
線名が付いていて、おそらくJRも私鉄もすべて隈なく
名前がある。イタリアではあまりこういう線名は
使っていないよう。
どの線であったか忘れたが、フィレチャロッサで
水とスナックが出た。
全部ではないが、出る場合もあるよう。
車窓の写真でも撮っておけばよかったが、なし。
夕方、ジェノヴァ・プリンシペ、Genova Principe駅着。
つづく
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