浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭イタリアへ行く パート2 その13

引き続き、イタリア、ヴェネツィア。

スコーラ・グランデ・サン・ロッコで
ティントレットの「磔刑」を視て、再び、水上バスで
一駅乗って、アパートに戻ってくる。

午後は、ガラス、レースを見に、島方面へ行く予定だが、昼飯。

ヴェネツィアで、食べるべきものというと、
どうしても、いかすみスパゲティーは外せなかろう。

前回は、いかすみスパゲティーはシチリアのパレルモで
食べたが、やはり発祥の地といえば、ヴェネツィア。
どうしても食べておかねば。

AI君に、ヴェネツィアで、いかすみスパゲティーで地元の人に
人気の店を教えてください、と、聞いてみた。

出てきたのは[La Piazza]と、いうところ。
サン・マルコ広場からも遠くないところ。

ここで食べて、そのまま本島の北海岸へ歩き、水上バスの
駅から島に行けそう。

予約なしでいってみる。

やはり、例によって、ナビを入れて店まで歩く。

15分程度で到着。12時20分。
やはりこの界隈もにぎわっている。
ヴェネツィアというところは、人が多くにぎわっていても
道の広さは特に変わらず細いまま。
ちょっと不思議な感じもする。

予約なしだが、問題なく、入れた。

見た目よりも中は広く、席数も多そう。
にぎやかに、ほぼ埋まっている。
やはり有名店といってよさそう。

案内された奥の席へ。
観光客らしい東洋系、日本人もいる。

席について、ビールをもらおうか。

イタリア語のメニューはさすがにわからない。
英語メニューがないのか、出されなかったのか。
まあ、英語のいかすみも、わからないのだが。

いかすみは、イタリア語で、Spaghetti al nero di seppia、
スパゲティー・アル・ネーロ・ディ・セッピア。
これだけは覚えてきた。
ヴェネツィアでは単に、ネーロ・ディ・セッピア、いかすみ
でもよいよう。ネーロが黒で、セッピアが(甲)いか。

内儀(かみ)さんは、お兄さんに、トマト系でなにか
ないか英語で聞いている。今一つ、通じていなかった
ようだが、ともかくも、トマトのスパゲティーが頼めた。
それから、サラダ一つ。

ビッラ、Birra。

イタリアの定番、モレッティのよう。
水は、トスカーナのアクア・パンナ、Acqua Panna。
これ、イタリア中で見かける。人気なのであろう。
パンとグリシーニもきた。

サラダがきて、きた、いかすみスパゲティー。

中央に黄色い花。(昨日もあったがパンジー?)

いかすみはヴェネツィアでは他のパスタではなく、
スパゲティーが多い。(さらに細いスパゲティーニ、
あるいはソースがからみやすいリングイネもあるよう。)

いかの身も多めに入っている。いかは柔らか。(甲いか=すみいかの威力?)
スパゲティーは手打ち、かつ生、であろうか。エッジが立った四角い麺。

味は、なるほど、やっぱりこれは、うまい。

いかすみは、くさみ消しににんにくが必ず入り、
これが強く感じるものも多いが、これはそんな
こともなく、かなりバランスが取れている。鮮度も
よいのかもしれぬ。流石、本場の人気店。

バクバクと食べる。とまらない。

内儀さんのトマト。

これも麺は同じよう。

なんのことはない、トマト、ポモドーロ、のみ。
ちょいともらったが、これもまた、格別にうまい。

なぜ、いかすみスパゲティーがヴェネツィア発祥で、
名物なのか。これは、よくわからないよう。
墨を使っているいかは甲いかで、それがよく獲れる
ことは間違いないよう。ただ、これはこの周辺、アドリア海
であれば獲れるわけだし、ヴェネツィアに限らない。
やはり、もともとはヴェネツィアに限らずシチリア、ナポリなど
海辺の街で、いかすみを使った料理はあり、これが
パスタソースにアレンジされたわけである。
どこの街でもよかったのであろう。たまたまということか。
(ヴェネツィアが特別食文化が発達していたから?。
発祥と言われている店がたまたま、うまかったから?。
やっぱり、わからぬか。)

ともあれ。

食べ終わり、会計をして、出る。
うまかった、ご馳走様。
グラッツェ!。

さて、ここから、ヴェネツィア本島北海岸の離島行きの
水上バス乗り場を目指す。
例によって、ナビを入れて。

まず、ガラスの島はムラーノ島。

ここには4路線あるので、間違えてはいけない。

ムラーノ島をまわる船着き場を見つけ、乗る。

乗っている時間は15分ほど。

最初に右側にこれが見てくる。

この島、なにかお分かりになろうか。
ちょっと不思議な雰囲気。そう、お墓の島なのである。
San Michele、サン・ミケーレ島。

ここがお墓の島に決められたのは1837年(天保8年、江戸後期)
ナポレオン時代でべら棒に古くはない。以前は本島にもお墓は
あったが、衛生上の理由で、ここに集めるようになった、と。

 


つづく

 

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