
さて。
引き続き、ヴェネツィア。
[GLAM]で食事をして、翌日。
明日、移動なので、今日一日。
さて、ヴェネツィアではあとはなにを視ればよいのか。?
一つは、ヴェネツァングラス、もう一つはヴェネツィアンレース。
どちらもヴェネツィアを代表する歴史のある手工業。
それぞれ本島ではなく、別の島。
これは視ておきたいか。
本島だと他にはなにか。
NHKで最近、2時間でまわる観光地シリーズというのを
やっているが、ヴェネツィアもあって、事前に視てきた。
この中に、昨日のパラッツォ・ドゥカーレもあったのだが、
気になったのは、ティントレットという画家の「磔刑
(たっけい)」という絵画。
磔刑というのは、キリストが十字架に掛けられたところの絵画。
その名作ならばカトリック信者の私とすれば、やはり視るべきか、
という多少の義務感。
むろん、聖書でもキリストが十字架に掛けられ、復活をする
ということは最大のテーマといってよろしかろう。
この場面を描いた絵画も数多い。
よし、これを視よう。
この絵画は、Scuola Grande di San Rocco、
スコーラ・グランデ・サン・ロッコ、という施設にある。
直訳すると聖ロッコの大きな学校、なのだが、Scuola Grandeは
共和国時代のベネツィアで発達したもので貴族、平民の
同業者組合などが設立した相互扶助や宗教、慈善活動を目的に
した団体。大同信組合などと訳されているよう。
幸いこのアパートからも近い。
といっても、大運河をはさんで対岸、San Polo、サン・ポーロ
地区。橋は前に書いたように、このあたりはリアルト橋しか
ないので水上バスを渡し舟のように使うのが便利。
渡ればすぐのよう。
スコーラ・グランデ・サン・ロッコは9時半からのよう。
午前はここへ行って、午後、ガラスとレースの二島へ行こうか。
夜は、ミシュラン掲載のレストランを予約してある。
9時すぎに出て、最寄の水上バスの駅、サン・アンジェロへ。
きた左方向行きの船に乗って、隣の駅、対岸のサン・トマで
降りる。
もちろん、大運河を渡っても同様で車なし細い路地の街。
商店、カフェは多くはないがぽつぽつとあって、
同じところに行くのか、観光客は少なくないが、
なかなか街の雰囲気はきれいでよい。
到着。
正面がここの教会で、左側がそのスコーラ・グランデ。
並んではいないが、有料。入場料を払って入る。
ここは1560年の完成。リネサンス期だが、ダヴィンチやら
ミケランジェロよりも気持ち後になるよう。
入った一階は広い部屋だが、意外に簡素。
二階にあがる。
この階段から、すごくなってくる。
天井はフレスコ画のようだが、壁は油絵?。
二階、Salone Maggiore、サローネ・マッジョーレ。
文字通り、大広間。
天井は金貼りのデコラティブな彫刻にこれも油絵か。
これらも大方ティントレットのよう。
新しく建てる建物の絵画を一人の画家にまるごと頼むのは
わりによくあったことのよう。弟子なども使って描いたのかもしれぬ。
壁側が赤いベロア貼りの長椅子になっている。
ここ座れるので、ちょうどよい休憩スペースになっている。
ただ、こうした文化財、なにも書いていないのでよいかと思って
座ると、叱られることがある。気が付かぬところに
書かれていたりもするので注意が必要である。
そして、同じ階だが、もう一つのちょっと小さな部屋。
突き当りの壁全面。
これが、そのティントレットの「磔刑」。
ティントレット、Tintorettoは、1518年-1594年。(ただ、Tintorettoは
染物屋の息子という意味で、愛称。本名はJacopo Cominという。)
ヴェネツィア生まれヴェネツィア育ちで、ヴェネツィアで活躍した画家。
もちろん共和国時代で、まだまだ共和国の絶頂期といってよい頃であろう。
先に書いたように、ミケランジェロ、ダヴィンチの一つ下の世代。
パラッツォ・ドゥカーレにあった巨大な壁画「天国」も彼の作品で
この会館を中心にかなりの数がヴェネツィア中にあるよう。
「斬新で大胆な構図と、ドラマティックな表現」(ウィキ)が特徴で
彼が評価されているポイント、とのこと。
「磔刑」は、536cm×1224cm、油彩、1565年。
やっぱり巨大。
ちゃんとした画像をウィキから拝借。
前にも書いているが、聖書に書かれているキリストが十字架に
掛けられるくだり。ゴルゴダの丘と呼ばれるが、ここに自ら十字架を
背負わされ、登らされ、処刑された後、復活を果たす。
中央にキリストの十字架。光を放っている。
全体を取り巻く群衆。他に罪人が二人一緒に処刑されるが、
この場面では後の二人はまだ十字架に掛けられていない。
左下、もう一人はこれから建てられるところのようで、
綱で引っ張られている。キリストの十字架の下にはキリストに
近い女性の関係者が取り巻く。中央で気を失っていいるのが、
聖母マリア。
実はその他、いくつものストーリーがここには描かれている。
細かく群像劇として一人一人の動きが、生き生きと描き留められている。
そう、まさに舞台の一コマのように。
このあたりが、ドラマチックと評されるところ。
この「磔刑」というテーマ、モチーフはこの時代までもカトリックの
宗教画として数限りなく描かれているわけだが、ここまで生々しく
人々が描かれているものはこの時代までなかったという。
ルネサンス期ではあるが、次のバロック絵画を先取りするもの
という評価がされているよう。
なるほど。カトリックの宗教画として、また、西洋画とし
エポックメイキングな名作という評価がされている、と。
さて、ここの守護聖人、聖ロッコ。
13世紀フランス生まれ。ローマでペスト患者の救護に当たり、
人々を癒した、と。
そして、付属のサン・ロッコ教会。
ここもまた、なかなかのもの。無名でも凄い、のである。
つづく
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