
2月1日(土)第一食
2月に入ったが、寒い。
最高気温は11.1℃(13時00分)。平年は10.0℃のよう。
まあ、並か。
晴れて平均湿度39%で、乾燥もひどい。
寒いので、グラタンを食べたいと考えた。
グラタンといえば、もちろん、ベシャメルソースで
作るマカロニグラタン。
もちろん、作ってもよいのだが、毎度代わり映えがしない。
近所で食べられるとするとどこか。
ちょっと調べてみた。
もちろん、上野浅草にある洋食やであれば、
食べられる。
で、いろいろある洋食やの中でも知らないところが
出てきた。
上野松坂屋の中にある[銀 サロン]というところ。
ハテ?。
こんなところ?。
なんと、開業は昭和10年(1935年)、今年で90年。
上野松坂屋の食堂的位置付けでもあったのであろう。
(いや、なんでもあるいわゆるデパートの食堂が
ここにもあったが、随分前になくなっていたはずである。
それとは別にあったということである。)
だが、ここはまったく知らなかったのは、迂闊、といって
よいだろう。もう長年元浅草に住んでいるというのに。
知っている人は、知っているのであろうか。
今は、相対的に東京内の上野御徒町の街のポジションは、
ご多聞にもれず下がっているといってよいかもしれぬ。
それこそ、江戸、明治、昭和初期と比べて。
上野松坂屋は今は大丸と松坂屋が一緒でJ.フロント
リテイリング傘下のデパートの一つ。
さて、では上野松坂屋の開業がいつかは
ご存知であろうか。
『名古屋の伊藤屋が上野の松坂屋を買収して
「いとう松坂屋」と改め、江戸へ進出したのは
1768年(明和5年)』(HP)と。
明和といえば、そう、田沼時代。
今は、名古屋の本店ももちろん[松坂屋]だが
もともとは[いとう呉服店]という屋号で、
この江戸上野(下谷)広小路の[松坂屋]を足して
[いとう松坂屋]と名乗るようになったという。
[いとう呉服店]自体は「慶長16年(1611年)
織田信長の小姓であった伊藤蘭丸祐道が、
本能寺の変の後、武士を捨て商人になった」(HP)
のが始まりとのこと。不勉強ながら知らなかった。
「百貨店としては日本で初めて、エレベーターガールを
採用、地下鉄と百貨店を結ぶなど、お子様ランチの発祥も
松坂屋上野店」(HP)これも知らなった。
エレベーター脇の大理石の階段に化石がたくさん
見つけられるというのは、私も見て知っていたが、
やはりここの歴史というのは端倪すべからざるもの
といってよい。
閑話休題。
洋食[銀サロン]は5F。
営業時間は、11時~18時30分(ラストオーダー18時)。
もちろん通し営業。
着いたのは15時頃。
やはり半端な時刻ですいている。
一人でテーブルに掛ける。
洋食やなので、ステーキ、ビーフシチュー、ハンバーグ、
グランタン、ドリア、オムライス、などなど一通り
洋食メニューがあるよう。
で、目に付いたのが銀サロンセット、3,500円也。
マカロニグラタンも入り、海老フライ、ハンバーグ、
オムレツ、ミネストローネ、サラダ、パンかライス。
小ビールをもらって、これにしよう。
ミネストローネとサラダ。
生ビールはキリン。
なるほど、ミネストローネは古い洋食やらしく
オーソドックスなもの。
セットもきた。
大きな有頭エビフライ、下にフライドポテト。
タルタルソース。
オムレツ、マカロニグラタン。
あたり前だが、皆、熱々。
やはり、目的のマカロニグラタンがうまい。
そして、ここ、おそらくデミグラスソース。
ハンバーグに掛かっている。
これが看板。
食べやすいが、濃厚で、うまい。
これだけでも食べにくる価値がありそう。
おそらく、ご飯にも合う。
いや、東京のクラシックな洋食なので、
ご飯に合わせているはず。
いや、めっけもの。
ここ、もっと早く知っておくべきであった。
静かなのもよい。(この時刻だからか。)
(通しも、私にはありがたい。)
うまかった、うまかった。
もちろん、ビーフシチュー、タンシチューもある。
今度は、このあたりを目指してこようか。
ご馳走様でした。
※お願い
メッセージ、コメントはFacebook へ節度を持ってお願いいたします。
匿名でのメール、ダイレクトメッセージはお断りいたします。
また、プロフィール非公開の場合、バックグラウンドなど簡単な自己紹介を
お願いいたしております。なき場合のコメントはできません。