浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

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初芝居 歌舞伎座 壽 初春大歌舞伎 夜の部 その2

さて。
引き続き、正月の歌舞伎座夜の部。

一つ目の「女暫(おんなしばらく)」から。

最初に書いておかねばならない。
この芝居のことを書こうとすると、他の芝居以上に
おそろしいくらい前提となる説明が必要である。
ご退屈、かもしれぬがお付き合いいただければ
幸い、で、ある。

まず「暫」という芝居がある。
ここから書かねばならない。

歌舞伎十八番に入る芝居。これはご存知の方もあろうが、
いわゆる成田屋市川團十郎家が得意とする演目。(いや、
基本、原則成田屋専用の芝居というべきか。)

だが、私は「暫」は観たことはない。
なぜであろうか。
上演回数は、最近も決して少なくないようで、人気の
芝居といってもよいのだが、、、。たまたまか。
ただ、今回もそうだが私自ら是非観たいと考えていた
ということではないのは確かだが。

今回の「女暫」という芝居はその「暫」を踏まえて、
なんならば、パロディーというのではないが、ほぼ同じ筋で
男役が主人公の「暫」を女形の主役級のスター役者が演じる、
という芝居、なのである。

まあ、歌舞伎らしい“お約束”の上に成り立っている
芝居で、作品としてこれだけ取り出して云々(うんぬん)
するべきものではない、のだろう。
つまり、芝居そのものが、お約束であり、様式になって
いるということである。

まあ、歌舞伎のほぼすべてが型、様式、お約束でできている
といってよいが、ここまでのものは逆に珍しいかもしれぬ。

演目そのものがお約束という芝居は、実は他にもある。
いわゆる「曽我」ものといっている鎌倉時代の曽我兄弟の
仇討ちの芝居。
これは、江戸期に、1月には各劇場必ず決まりものとして
上演する。筋は同じだが、微妙に変えて毎年趣向を凝らす。
評判になれば2月、3月、4月とずっと継続上演する。
ちなみに「曽我」ものは今でも比較的よく掛けられるので
私もなん度も観ている。

で「暫」はその前の11月に上演すると決まっているもの
であった。これもお約束。

11月というのは、顔見世(かおみせ)興行という月になる。

で、顔見世興行というのは、江戸期の歌舞伎芝居は、
三つあった劇場すべてで役者は劇場と1年契約で一座を組む。
この始まりの月が11月で、ここから1年は、この座頭
(ざがしら)で、この顔ぶれの一座で興行を行います、と
いう文字通り、カオミセである。

今、松竹の行なう歌舞伎興行ではこの形式は取られて
いないが京都の南座での11月の興行が『顔見世』という
名前で行われている。

そして、11月の顔見世興行で必ず上演されるのが「暫」
であった、ということなのである。それだけ人気の芝居で
あったということになろう。

おもての形式の説明だけでこんなに長くなってしまった。

これらたくさんのお約束が、歌舞伎自体のハードルを上げて
いると思うが、やはり、これが歌舞伎であり、取りも直さず
私達の大切な文化で、是非知っておきたいことである。

一方で「暫」のストーリー自体はまったく簡単。
お約束が複雑な分、まあ、そういうものであろう。
結局、当時の人々にとっては、背景は理解しているので
総体はわかりやすい、決まりものということになる。
また、それも江戸の大衆が大好きな。

さて「暫」、どんなお話しなのか。
時代設定は、例によって鎌倉時代あたり。
歌舞伎の場合、武士の世界のお話を描く場合のお約束。

皇位を狙う権力者の親玉で悪者、通常は清原武衡が、自らに
歯向かう善良な男女を捕らえ、首をはねようとする。
ここに主人公、正義の味方で強力無双の、通常は鎌倉権五郎
景政が「暫~~」と言いながらさっそうと現れ、皆を助ける。
まあ、こんな話。

豊国画 市川男女蔵 市ノ川市蔵 文化7年(1810年森田座 観車雪高楼

昨日出した、浮世絵。これがその主人公。

赤い、柿色の着物の侍。2m以上はあろうか、長い長い
刀を差して、袂(たもと)が四角く巨大。ここに白抜きで、
四角い大きな紋が染め抜かれている。
三重の枡で、三枡(みます)という。
これらが成田屋市川團十郎家の色と紋。
顔に赤い線の化粧、隈取(くまどり)を入れている。
これが力の漲(みなぎ)っているスーパーマンの目印。
五本車鬢(ごほんくるまびん)というらしいが、大仰な髪形。
なんというのであろうか、まったく大層な姿だが、これが
当時のスーパーデフォルメされた、スーパーマンの姿。
江戸の荒事というが、こういう超越した力を持って
悪者を懲らしめるキャラクターが江戸人に大いに受けた。

で、この物語の主人公を女性に置き換えたものが、
今日の「女暫」。
源流は延享3年(1746年)初演のものらしい。
「暫」自体の初演は元禄10年(1697年)で初代團十郎
もちろん、こちらの方がずっと先。

問題は、なんでそんな芝居が出来上がっているのか、で、ある。
まあ、人気芝居のバリエーションの一つといってしまえば、
それっきりなのだが、むろんそもそもの歌舞伎という演劇の
本質的な要件、つまり、女形の存在、で、ある。

皆さん、女形というと真っ先に誰を思い浮かべようか。
おそらく、坂東玉三郎ではなかろうか。
人間国宝、75歳。立女形(たておやま)という歌舞伎界の
女形の最高位。もちろん、実力と人気もある。
女形だけが演る格の高い役というのも決まっている。

ただ、女形は座頭にはなれないなど、制約もある。
そこで、座頭級の立役(たちやく)がやる人気のある役を
人気女形が演れるように、江戸期こうした「女暫」のような
芝居を作った。そんな風に考えられるよう。
この芝居、なかなかよくできている。女形が、荒っぽい
所作をするのは、やはり無理がある。そこはコミカルに
まあ、私には、こんなことはできません、と恥じらったり。

今回の「女暫」は中村七之助
女形もやはり、世代交代中。おそらく、歌舞伎界では
中村福助玉三郎の次の立女形を想定していたと
思われるが、悔しいかな倒れられてしまった。

七之助は42歳。勘九郎の弟だが、ほぼ一貫して女形
大河などTVにも出演るが役者としての存在感はもう既に
十二分にある。昨年、一昨年あたりからか、やはり
女形の役を玉三郎から一つずつ受け継いでいる。
重い荷を背負っている格好だと思うが、軽くこなしている
ように見えるのが得なのか、損なのか。
ともあれ七之助、期待したい。


つづく

 

 

 

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