浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



浅草・弁天山美家古寿司 その1

11月15日(土)夜

さて。

土曜日、浅草[弁天山美家古寿司]、で、ある。

ここに書いていないものがあったのか、とも
思えぬのだが、久しぶり?。
わからぬが。

創業慶応2年(1866年)。今年で159年。
ちなみに慶応4年が明治元年
慶応2年は、第二次長州征伐、将軍家茂の大坂城での死去、
慶喜が最後の将軍となる。孝明天皇崩御
いよいよ幕末もどんづまり、、の頃。
まあ、そんなことも関係なく、江戸の浅草弁天山で、
鮨やが新しく店を開いていた、ということである。

予約は、18時。

内儀(かみ)さんと、タクシーで向かう。

今日は、晴れ時々曇り、最高気温18.3℃(13時07分)
平年は16.8℃。ちょっと暖かい。

タクシーを降りて、店へ。

もう真っ暗。だがこのあたりも外国人観光客で
あふれている。

暖簾を分けて、ドアを開けて入る。

左、カウンター、ガラスケースがあって、つけ場に
若親方一人。ご挨拶。

店奥、いらっしゃいませ、と、若女将。
ご挨拶。

こちらへ、と、若親方前に掛ける。

今夜も予約で一杯のようだが、カウンターには
まだ先客はない。奥のテーブルは埋まっている。

ビール、キリンラガー中瓶。

お通しは、まぐろ血合いの佃煮。

そして、これを出してくれた。

煮凝(こご)り。
練りからし、付き。

なんの煮凝りなのか、聞いたような気もしたが
忘れてしまった。
平目のあら?。

さっぱりしているがよい出汁が出て、
うまい煮凝り。

さて、つまみは?。

目の前の、ショーケースに、ある。
そう、たこ。

もちろん、東京湾の真蛸。三浦半島の佐島が有名。
江戸前を看板にする東京の鮨やは、これしか使わぬ
ところが多い。
店で江戸前の仕事を施すので、ゆでたものではだめで
生で手に入れねばならない。それで、東京湾のもので
なければならないのであろう。
むろん、獲れなければ、食べられない。

最近は、ほぼあるのが、ありがたい。

そして、やっぱり、いつも通り、鰹も。

たこ、から。

この、深みのある臙脂(えんじ)色が江戸前仕事を
施された、真蛸。
ちょっと、表面がほろっとしている。
香りも独特。
にぎりでもうまいのだが、いつもあれば、つまみで
もらう。
甘いたれを掛けてもよいし、わさびじょうゆでも
うまい。

鰹。

辛子じょうゆで、たたき。

戻りがつおという時期なのであろう。
ただ、べら棒に脂がのっている、という
感じではなく、瑞々しく、うまい。

鰹は好きだが、今、自分で生のさくを買って
食べることはない。鰹の場合魚やで売っているものの
鮮度は、やはり知れている。プロのものに
優るものはない。

うまい、鰹のたたき。

お茶をもらい、にぎりへ。

まずは、白身
鯛。

湯引きで皮を残した鯛。

江戸前のにぎり鮨は、ニキリといって、濃口しょうゆに
酒を加えて加熱してアルコールを飛ばしたものを塗る。
従って、小皿にしょうゆを取って付ける必要はない。

しっかりした歯応えで、うまい。

もう一つ、白身、平目。

もちろん、昆布〆。
これもまた、しっかりした歯応えでしっかりしたうまみ。

昆布〆というのは、白身などをさくのまま昆布ではさんで
しばらく置いて食べる。
一日は置かないと思われる。
魚の身から水分が抜け、昆布のうまみが加わる。
これで日持ちもよくなる、のであろう。
自分でもできるのでやってみたことはあるが、
確実にうまくなる。
時間が問題だが、一晩も置くと水分が抜けすぎてしまう。
また、堅くなり昆布に張り付いて取れなくなってしまう。

昆布〆は江戸東京に限らず昔から全国で行われてきた手法
なのであろう。はっきりしたことは私もわからぬが
江戸期なのか、昆布〆というのは、今も一般の家庭でも
行われている富山金沢など北陸地方あたりから始まったもの
なのかもしれぬ。北陸で昆布が多用されるようになった
のは、北海道(蝦夷)から昆布が上方、京坂地方に
北前船で運ばれる中継地であったから。
おそらく、江戸期の江戸では昆布は上方からさらに
運ばれてきたもので、より高価ではなかったか。
そうそう庶民が使うものではなかったと思われる。

ともあれ、昆布〆平目は、うまい。


つづく


弁天山美家古寿司

台東区浅草2-1-16

 

 

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