浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



富山・源・特選ますのすし

4839号

9月4日(木)夜

髪を切りに、上野駅へ。

最近は、上野駅パンダ橋口外のQB。

今日、鹿児島のすぐ南に台風が発生し、
列島南岸を東に進み、明日は関東に最接近という。
心配。

台風が発生する場所といえば、フィリピンだったり、
小笠原の南だったりと、決まっていた。
まさか、あんな近海で発生するとは。
今、近海の海水温が30℃という。
以前は、25℃から高くとも27℃程度であったろう。
それで、鹿児島のすぐ南で台風が発生してしまうと。
まさに亜熱帯化。
温暖化も極まれり。

ともあれ。
髪を切って、パンダ橋口から降りてくる。

今日は、駅弁を買ってこようと考えた。

駅外だと中央口改札外のザ・ガーデンというスーパー
のようなところ。駅弁が充実している。

いろいろあるが、信頼の(?)、富山の
ますのすし」にしようか。

ますのすしもいくつかある。ノーマルなものに、
縦長の小さいのもあるし、ますではなく、
ぶりもある。

ノーマルの2,000円の上に、特選の2,500円というのが
ある。少し前からあったと思うが買ったことは
なかった。

駅弁一つで2,500円とはかなり高価だが、
どんなものか、買ってみようか。

以前、富山のますのすしの周辺、すしの歴史を
改めて、追ったことがあった。

日比野光敏「だれも語らなかったすしの世界」という
研究をテキストにした。

ますのすし、は、富山駅の駅弁の絶対的エース、
で、あろう。ますのすしは、にぎりではなく、押し寿司
に入るが、それがどのようにしてできてきたのか。

すしの歴史というのは、俗説ばかりで、意外に
きちんとした研究は少ない。希少で大切なものである。
越中富山のすしの歴史も詳らかにされている。
知らないことが多かった。
是非、ご一読いただきたい。

駅弁のますのすしは、なん社かあるようだが、
見かけるのは、ほぼ[源]というところのもの。
今日のものも、それ。
明治45年(1912年)から売り始めたという。
意外に新しいのか、意外に古いのか、こんなものか。

最初の駅弁はというと、各地諸説あって判別しがたいよう
なのだが、鉄道の開業の少し後、ということで、
明治10年代(1870年後半~1880年前半)のどこか。
富山のますのすしは、若干遅いか。

駅弁以前に富山ではますの押し寿司は存在しており
それを駅弁にしたといってよいのだろう。このますは、
神通川のさくらますであったという。
今は全国的にもさくらますは減少し天然ものは高価。
神通川でも駅弁に使えるほどは獲れていない。
先日、佐渡のさくらます養殖のことを書いたが、
やはり国内での養殖は、もっと進めてほしいものである。

夜、配信でライブを視ながら、食べる。
ライブは乃木坂46の神宮公演DAY1。
今まで、坂道について書いているがライブには行ったことは
まだない。
さすがにこの年では、ハードルが高い。
だが、今回は初めて行ってみようと応募したのだが、
全部外れた。(まあ、応募したのは最終日のみだった
のだが。)

ともあれ。

“特選”。

中は、こんな感じ。

開けると、

こう。

付属のプラスチックナイフで、切る。

ビールを開けて、食べる。

ん、これ、うまい!。

まあ、ノーマルな[源]のますのすしも、もちろん
好物であるが。

説明によるとますの身の切り方が少し厚い、と。
食べると、倍くらいかもしれぬ。
そして、部位も脂ののったよい部分、であると。

ライブを視ながら、あまりにうまいので
これ全部、食べ切ってしまった。

ノーマルなものも全部食べら切れなくはない
のであるが、特選は、なんの躊躇もなく
端が止まらず、食べてしまった。

500円増しの価値は確かにある。

うまかった、うまかった。


 

 

 

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