
4823号
8月4日(月)第一食
さて、久しぶりに[尾張屋]へ行こうと思い付いた。
[尾張屋]といえば、浅草雷門通りのそばや。
なぜ、という確かな理由はないのだが、敢えて言えば、
ふと思い出したから。
今日も晴れ、最高気温36.1℃(13時29分)。
もう猛暑日が定着してしまった。
ぐったり。
14時すぎ、到着。
さすがに、夏枯れか、3~4人の入り。
右側のテーブルヘ。元祖断腸亭荷風先生の写真の
斜め右前。
今日は、ちょっと決めてきたものがあった。
真夏のこの店といえば、すぐに思い浮かぶのが
冷やしきしめん。
随分食べていないが、確か、氷の上に盛って出された
ような記憶がある。
これも、猛暑日らしくてよい。
が、今日、やっぱり、ふと思いついたのが、
変わりそば。
変わりそばというのは、そば粉になにか混ぜ込み
打って、別の色と香り、味を付けたもの。
皆さんも、見かけたこともあろうし、また、
一度くらいは手繰ったことがあるかもしれぬ。
桜切り、とか、柚子切り、とか。
[尾張屋]には、四季に渡って、いつもそれぞれの
時季ごとの変わりそばを置いている。
私も頼むことは稀。店でも他に頼んでいる人を
見たこともない。
酒はやめておこう。
暑すぎると、ビールでもない。
疲れてしまう。
だが、なにかつまむものをもらおう。
定番の板わさ。
それから、冷たそうなところで、玉子豆腐
なんというのももらってみようか。
変わりそばは、今はしそ切り、というもののよう。
これを。
グラスに入ったよく冷えた水が、うまい。
板わさから。
これがここの板わさ。
真ん中にある細い海苔巻のようなものは、
中心が三つ葉で、薄く切った生のいか、か。
また、ここは、板わさにしても、
本わさびを使っているのがよい。
玉子豆腐もきた。
これも、むろん、キンキンに冷えている。
玉子豆腐など子供の頃に食べた切りではなかろうか。
青いのは細く切った青紫蘇、それに茗荷、
おろし生姜。
実にうまいものである。
こんなにうまかったか。ここのこれがうまいのか。
とても、なめらか。
おそらく、食べ終わるタイミングを見計らっていた。
しそ切りがきた。
これも青紫蘇。
見た目にもさわやか。
変わりそば、というのは、見た目ほど強い
味や香りではなく、ほんのり。
こういうもの、なのであろう。
さっぱりと手繰れる。
うまい。
さて、変わりそばとは、なんであろうか。
一体いつ頃からあるのか。気になって調べてみた。
明治だったり、意外に新しいのでは、と思ったら
左に非ず。
かなり古くからのもののよう。
そもそも、なにかを混ぜ込む変わりそばは、
白い更科粉のそばで作るという。
つまり、江戸期、製粉技術が上がり、そばの実の
中心部分の白い更科粉が作れるようになって
他の色を付けられるようになった、と。
変わりそばの文献上の初出は明確に特定できるよう。
寛延3年(1750年の)「料理山海郷」園趣堂主人(博望子)
という料理本に。寛延は田沼時代の10年ほど前。江戸
時代の真ん中より前で、意外に古かろう。
最初は卵を入れた「玉子蕎麦切」とのこと。
この文献は京坂の出版で、江戸ではなく上方のもの
だったのかもしれぬ。
そばとしては、かなり趣味的なものであろう。
田沼時代を境に江戸は上方を越える繁盛を見せ始め、
江戸人としてのプライドのようなものができ始めると
考えているが、それより前なので、江戸ではなく、
上方で生まれたもの、なのかもしれない。
まあ、その後、江戸でも様々なものを混ぜ込んだ
変わりそばが生まれていったよう。
一番一般的なのは、お茶を入れた茶そば。
今でも、よく乾麺で売っている。
海老を入れた海老切り、鯛を入れた鯛切りなんという
ものも出てくる。柚子、菊、などなど、様々なものが
生まれた。
まあ、江戸期にありがちだが、とにかくたくさんの
種類を作ってみるのが流行ったよう。
今、一般的には、そう話題にはなっていないもの
かもしれぬが、こういう歴史を持っており、
季節を感じられ、ちょいとよいものであろう。
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