浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭イタリアへ行く その34 まとめ2(イタリアから日本の地方の独自性について考える。)

4763号

イタリアから我が国が今困っている地方の独自性について
考えている。

だが、そうはいっても、地域の独自性は、我が国だって、
イタリアと負けず劣らず?、ちゃんとあったような気がする
のである。例によって、長くなるが、お付き合いいただければ
幸いである。

イタリアの例もあるので、我が国の、二百数十年の江戸期幕藩体制

今も、例えば、青森県。旧南部藩(八戸)と旧弘前藩(青森、
弘前)地域の違いは、青森県民は今も十二分に意識しているよう。
他にも藩由来のわかりやすい事例はもっとあったような気が
するが、もう完全に過去のものなのか、私も出てこない。
意外に少ないのか。

ただ、県民性のような、あまりざっくりした言い方はよろしくない
のだが、江戸期の藩由来の、その地域の人々自身が認識している
気質のようなものは確かにあると思っている。
例えば、会津の人々のいう、ならぬものはならぬ。筋の通った
ものを大切にする。

だが、よいものもあれば、そうでないものもある。
江戸期、どことはここで書かぬが、大名ではなく、小さな幕府
旗本領がほとんどであった地域である。
大名領は、取り潰される危険もあるのでちゃんとした治世、
統治を行っていたところが多い。例えば上杉米沢藩の紅花の
ように、売れるもの、いわゆる商品作物の栽培を奨励して
いたり。

その旗本領地域、多く、領主である旗本は代官まかせでほぼ
積極的な統治はしていなかった。それで、飢饉があれば農民は
江戸へ逃げ出す、常に治安がわるく、いわゆる博打打ち、
その後のヤクザがこの周辺で生まれている背景と考えられる。
私が知っている範囲でも以前はもっともっとあった。
これも地域性である。

東京と関西の違いはかなり大きかった。
言葉も多く違っていた。
まったく相容れない、とも私は思っていた。

食い物は顕著であった。そば、うどんのつゆの違い。
東京人の私など透明なつゆの讃岐うどんなど知る由もなかった。
逆もまた然りであろう。関西の人は黒いつゆに拒否感を持つ人は
今でも多いのであろう。

そばなのか、うどんなのか、というのもある。
例えば、東京はそば、大阪はうどん。

そば圏を挙げると、東北から新潟は基本そばか。それから
長野(信州)、福井(越前)、京都(うどんも食べるが)、
島根(出雲)、あたりか。意外に少ない。これ以外はうどんと
いうことになろう。うどんなのか、そばなのか、は、小麦が
採れる地域なのか、そうでないのかによる、地域差である。

伝統調味料の味噌、しょうゆなども地域差が激しかった。
東京を含め、東日本は概ね濃口しょうゆ。
これに対して、東海以西は、薄口、たまり、再仕込みなど様々。
九州は甘い。
しょうゆの地域差の由来はなんであろうか。これはなかなか
難しいか。そもそもしょうゆが生まれたのは、和歌山県
湯浅町と言われている。味噌の上澄みから、と。そうすると、
近畿地方が本場で、それが全国に広まったと考えられる。
ただ、例えばなぜ、関東で濃口しょうゆが生まれたのか
ということになると、あまりちゃんとした理由は語られない。
偶然生まれて、うまかったから定着した、のかもしれぬし。
各地の地域性と関連しているのかといえばそうでもないか。
正直のところ、わからない。

味噌は、愛知県中心に赤い豆味噌(八丁味噌、赤だし味噌汁に
使う。)、京都など西日本に多く白く甘い米味噌(西京味噌)。
九州は味噌も甘く、麦も多く使われる。東日本の味噌は塩味の
強い米味噌。東京も大正期に滅んでしまったが、味は西京
味噌に近いが色は八丁味噌の米味噌、江戸甘というのがあった。
地域性との関係は、しょうゆ同様、必然性があるのかどうか、
これもあまりはっきりしないように思われる。

調味料というのは味の基本なので、地域差、地域の独自性を
見ることに重要な指標であろう。
伝統調味料ではないソース類も、地ソースなどといって、地域
ブランドが今もある。

出汁はどうか。地域差はこれもかなりあった。
味噌しょうゆ同様、地域差の本丸のようなものであろう。

今は出汁というと、鰹節だったり、にぼし、その他色々あって、
家庭でも使っているしまた、ほんだし、など、いわゆる風味
調味料も発達している。
ただ、こと、東京でいえば、落語などに出てくるが、鰹節などは
かなり高価なもので、日常的に使える家は限られていた。それで
出汁は使っても安いにぼしで、使わないことも多かった。
(私の育った家でもそうであった)

だがまあ、地域差でいえば、東京は、かびを付けて発酵熟成
させた枯節(かれぶし)というもの。関西は蒸して乾燥させた
ままのもの。枯節は手間が掛かっているということもあり高価。
それで東京の庶民は使えなかったのである。
なぜ、東が枯節になったのかというと、産地の土佐(高知)から
船で運ばれる間にカビが付いて、うまくなった、といわれる。

にぼしは、鰯をゆでて干したものだが、これは全国で獲れるので
全国にあると思われる。ただ、イリコという言葉があるが、
これは関西弁。ただ、最近、東京のTVでも普通に使っている
人も多く見る。また、東京でも目にするようになってきたが、
アゴ出汁。アゴは飛び魚の干したものだが、これは、新潟あたり
日本海側から山陰、九州地方で広く使われていたもの。

これ、余談。それぞれの出汁は、まさに地域の味であったわけ
である。そこに本質的な優劣はない。最近、ちょっと気になる
のだが、珍しいものをよし、として、売り込む例をよく見る。
アゴのことである。アゴ出汁を使えば、みんなうまいのか
といえば、それはまったく別のことである。つゆだったり、
料理の味の設計の話と出汁の材料の話は区別してほしい。
飛び魚を出汁に使う地域は、飛び魚がよく獲れた地域である。
地域が限定されるだけで、別段そこではレアなわけではない。
むしろ、飛び魚自体は、食べたことがある方はお分かりに
なろうが、刺身にしても、焼くにしても、鯵など、他の魚に
比べて、もう一つ、なのである。それで、出汁に使ったという
側面が強いと考えている。ともあれ、アゴも、環境に根差した
出汁といってよいだろう。

ピンポイントだが、ねぎ。
東京を含めて東日本は、白い部分を長く作り、青い部分は
ほとんど使わない。
これに対して、関西以西は、白い部分はほとんどなく、青い部分
を食べる。
おもしろいのは、真ん中の名古屋圏など。
白い部分と青い部分がちょうど半々。(〆て、両方あるので
ちょっと長くなる。)
さて、ねぎは、地域差に必然性があるのか。これも、はっきり
いえばわからなかろう。まあ習慣?。それぞれのしょうゆや
出汁に合っているかといえば、、あまりピンとこない、か。

食い物を挙げはじめるとキリがないのでもうやめよう。
まあ、例えば、座敷の大きさ寸法も、京間と江戸間と関西と
関東で違っている。(関西の京間の方が、気持ち大きい。)
衣食住すべてにおいて、理由がわからないものもあるが、
地域性はちゃんとあったわけである。

衣食住、技術など全般にいえることなのだが、基本、我が国は
都のあった京都を中心にした近畿地方でものが生まれ、それが
全国に広まるというのが歴史的にはある程度法則と考えてよい
だろう。 


もう少し、つづく

 

 

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