浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



国立劇場初春歌舞伎遠山桜天保日記 その2

4252号

引き続き、国立の初芝居。

「遠山桜天保日記」。
作は竹柴其水(たけしばきすい)。

この芝居の初演は明治26年1893年)と書いたが竹柴希水は
主に明治に活躍した歌舞伎作者で、かの黙阿弥翁の弟子。
其水は黙阿弥の俳号。(ただ黙阿弥には三代河竹新七
継いだ五歳年長の弟子もいる。代表作は「籠釣瓶花街酔醒」
「塩原多助一代記」他。其水よりも作数は多い。)

其水の代表作は「神明恵和合取組」(め組の喧嘩)(明治23年
(1890年)初演)。これは黙阿弥との共作、監修付き。
明治17年1884年)から新富座の座付き立作者(たてさくしゃ)を
長く勤め、その後、左團次と組み明治座へ。この作品はその頃の
もの。大正12年(1923年)に亡くなっている。

ともあれ、作者の其水は黙阿弥のDNAを受け継いでいるといって
よいのであろう。(この話では善人・若旦那→小悪党化という、
前々回書いた黙阿弥お得意の人格変化の一部が見えている。)

ストーリーは落語、講談でいう政談ものなので、犯罪者がいて、
その捕り物があって、捕まって、お裁き、一件落着という
わかりやすい展開。
むろん、金さんのお奉行様なので、お馴染みのお白洲での
桜吹雪も登場。

ただ、話は江戸だけではなく、安房、新潟などにも展開して、
なかなかダイナミック。また明治時代に作られた作品なので
時代設定は江戸時代だが、単筒(ピストル)強盗なんというのが
出てくるのがおもしろい。

配役は、お奉行様、金さんがもちろん、座頭尾上菊五郎
単筒強盗の悪役が尾上松緑
尾上菊之助は商家の若旦那で、出奔して小悪党になる。
TVでも売れっ子の尾上右近が清元のお姐さん。

菊之助の子息丑之助も、丁稚(小僧)として、なかなかの
台詞数で、複数回登場。
9歳になったよう。いかにも育ちのよいお坊ちゃんという
感じで、ハキハキとした口跡。かわいい演技がほほえましい。
音羽尾上菊五郎家の御曹司。成長がたのしみ。

菊五郎は80歳になっている。
こうして、座頭として一線で舞台に立っているのは
奇跡に近いのではななかろうか。
この世代では、吉右衛門だったり、鬼籍に入った
名優も多い中で一人奮闘している印象である。
心配になってくる。
若干、足元があぶないようにも見えるが台詞はしっかり。

菊之助。私なぞがいうのも僭越であるが、
かなりよいのではないのであろうか。

今回の役は、商家の若旦那から小悪党という役。
いずれにしても江戸っ子らしい雰囲気。
江戸弁の台詞回しと、身のこなし、立ち居振る舞いである。
音羽尾上菊五郎家のお家芸、江戸世話物(人情もの)に
不可欠な要素である。
実のところ、菊之助はこれをしっかり受け継げるのか、
大きなお世話だが心配していたのである。

もともと、菊之助女形もしたし、いわゆる色若(いろわか)
などという若い色男をよく観ていた。
だが、その役者として演技力はかなり凄いものを感じた。
憑依型というのであろうか。
お姉さんの女優寺島しのぶもどちらかといえば、
そちらの系統であろう。
菊之助の俳優・役者として能力の高さはよくわかって
いたのだが。
今回のちょっと軽い江戸っ子らしい雰囲気は、なんだか
安心して観ていることができた。
なにか、心境の変化でもあったのあろうか。

毎度書いている私の好きな「雪暮夜入谷畦道」そばやの
直侍なぞ、演ったことがあっただろうか。
素足にわら草履で雪の中、花道から走って登場。
入谷のそばやに入り、そばやでの振る舞い、五代目菊五郎
が作った江戸っ子の美意識が詰まったものである。幸四郎
演るが、やはり菊之助にきれいに継承してもらいたい。
お父さん、七代目菊五郎もいつまでも舞台には立てなかろう。

松緑。この人、どんどん怖くなる。
むろん、悪役なのでそうでなければいけない。
人(ニン)、なのか。
身体も大きくなっているのではなかろうか。
主役級の悪役、実悪などというが、は、歌舞伎では、
座頭のする役。「助六」の意休など。
近い将来できるのではなかろうか。
ともあれ、重みがかなり付いているようにみえる。
悪役ではなく、ほんとうの重みがなければできない
時代物の大きな役も演れそうな気がしてくる。
例えば「碇知盛」。悪役系だが「河内山宗俊」あたりも。
ちょっと言いすぎかもしれぬが亡くなった吉右衛門
雰囲気を感じるのである。
コロナ禍であまりフォローしていなかったが、ここ数年
歌舞伎座の舞台でも奮闘をしていたよう。ちょっと気にして
みてみたい。

幕間にカツサンドと、

柿の葉寿司。

国立は席では食べられない。ロビーで。

最後、大詰
大団円というのかエピローグ、芝居小屋の楽屋でお奉行金さんも
含めて、出演者皆出てきて、踊る。正月らしい、いわゆる総踊り。
ここに、四人の子供が加わる。
これが、先の丑之助、菊之助の子息。寺島しのぶの子息寺嶋眞秀
まほろ)君、他梅枝、彦三郎の子息。
これも正月らしく、かわいくナイス。

眞秀君は10歳。もっと小さい頃も観ている。小さい頃は
わからなかったが、段々顔立ちが変わってきた。
鼻が高くなり、目の色も多少違うか。お父さんはフランス人。
歌舞伎の舞台で違和感があるか、とも思ったのだが、
ちょっと、考え直した。

よいではないか。落語にも快楽亭ブラックという名跡
ある。バタくさい歌舞伎役者だって、あり、であろう。
トトロだったり菊之助が力を入れている新作だってある。
また眞秀君は、既に子役としてTVドラマにも随分出ている
よう。(さすが、寺島しのぶ、ステージママ!。)

先入観で決めてはいけなかろう。
多様性ということもあるが、それ以上に役者というのは、
舞台でびくとも言わせない説得力があればなんら問題はない
はずである。
ともあれ、本人がどんな風に育っていくのか。
役者なんかになりたくないという、選択肢だってむろんあろうし。

歌舞伎というのは、看板役者の子息を5歳、6歳から初舞台を
踏ませるというのが伝統ではある。
観客としては、親のような目線で成長をたのしみにする。
むろんこれでお客を呼べる。
これはこれで、よいことではないか。

さて、さて。
今年は久しぶりに、歌舞伎座と国立と二本の初芝居。
歌舞伎界もこのコロナ禍では大きな影響を被ったことであろう。
團十郎の襲名も延期されやっと旧臘になった。
また、奇しくも、世代交代の時期にあたっている。
七之助菊之助は大きく成長していた。
ちょうどこの時期に努力、稽古に励んだのであろう。
わるいことばかりではなかったか。

初芝居によい一年の兆しを感じたのは収穫である。

 


国周 明治26年(1893年) 東京明治座 遠山桜天保日記
久喜万字屋若紫 四代中村福助
初演時のもの。

 

 

 

 

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