浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
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断腸亭落語案内 その56 三遊亭金馬 居酒屋

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引き続き、三代目三遊亭金馬師「居酒屋」。

伝わったであったろうか。
これも、ほぼ金馬師の話術で成立している噺。

「できますものは、つゆはしらたらこぶあんこうのようなもの
ぶりにおいもにすだこでございます。
へェい~~~~。」

この噺は小僧のこの口上の台詞に尽きるだろう。

この口上、なんのことか。書いてみる。

つゆはおつゆでよいのだろう。ただ、なんのつゆだかはわからない。
はしらははっきりしないが柱。江戸前のすし種や天ぷらのかき揚げに
使う小柱、バカガイの貝柱のことではなかろうか。
後は簡単。たらは、魚の鱈でよろしかろう。こぶは昆布。あんこう
鮟鱇。ぶりも魚の鰤。おいもも、お芋。以前なのでおそおらく里芋。
すだこも、酢蛸。あまり説明されたのを、聞いたことも
読んだこともないので、あくまで私の考えであるが。

森田芳光監督の劇場映画デビュー作「の・ようなもの」は
もちろん、この噺のここが原典。
森田監督は日大芸術学部落研出身。

下げもなく、ストーリーらしいストーリー、ドラマらしいドラマも
なく、酔っ払いの客が居酒屋の小僧をからかうだけ。

ただ、落語家が寄席で短時間で高座を降りる場合の漫談とも違う。
存在感はちゃんとある。

「居酒屋」は元々は「ずっこけ」という噺の冒頭部分という。
「ずっこけ」そのものは古く江戸期からある噺のよう。
(「落語の鑑賞201」末信真治編)。

速記「口演速記明治大正落語集成」(講談社)も入っている。
明治24年(1891年)、三代目三遊亭円遊のもの。
http://www.dancyotei.com/2019/apr/encyou18.html

文楽師「つるつる」も明治の速記は円遊師のものであった。)
ただ、円遊師の「ずっこけ」には「居酒屋」のような小僧との
やりとりは存在しない。金馬師の「居酒屋」は別系統かあるいは
後の作であろう。

「ずっこけ」は、談志家元が演っていたのを私は聞いたことが
あるが、まあ、他の演者からはほぼ演じられない噺であろう。
(雲助師がたまに演られるという情報もあるよう。
(「落語の鑑賞201」末信真治編))

ストーリーはこの客の酔っ払いを心配して探しにきた友達が家に
送り届けるという、まあ、どちらにしてもたいしたドラマは
おこらない酔っ払いの生態を描く噺。
“ずっこけ”るという言葉は元々は樽の箍(たが)が緩んで
ばらばらになることを言う。この酔っ払いの帯が緩んで着物が
はだけている状態を“ずっこけ”と言っているのである。

「ずっこけ」はほぼ演る人はいないが、金馬師版の「居酒屋」
となると演る人は多いだろう。
志らく師も演り、DVDもある。
かの立川藤志楼師こと放送作家高田文夫氏はCDもある。
この影響は大きいかもしれぬ。

ただ、やはり、爆笑系というのは、センスがなければ、
金馬師の真似をするだけではまったくおもしろいものには
ならないであろう。
私などもそうだが、金馬師のものを聞くとかなり傑作なので、
演ってみたくなって覚えようとしたこともあった。
今も「つゆはしらたらこぶ・・・」は暗唱できる。
だがまあ、己のセンスでは無理であることはすぐにわかった。
ある種、爆笑を産めるセンスは才能なのであろう。

三代目三遊亭金馬師、前にも書いたがやはり不世出の落語家で
あった。笑いのセンスとキャラクター。
センスだけではないところが、この人の不世出たるところ。

もちろん、爆笑のセンスだけであれば、今も多くはないがいる。
キャラクターはそれぞれ持って生まれたものにそれぞれが
磨いて作っていくものであろう。
まったく同じような落語家は生まれなかろうが、爆笑のセンスは
受け継がれていくのであろう。(志らく師は実はこの系統と
いってもよいものを持っているといってよろしかろう。)

三代目、金馬師。
他にも傑作は多い。

もう少し挙げてみよう。
これ、忘れてはいけないだろう「道灌」。

「道灌」というのは、太田道灌のことなのだが、その噺。

落語では、前座噺とされ、それも入門して最初に演るものと
決まっている。
前座噺であるため、真打などは基本、演らない。
それで音として存在しているものはかなり少ないのである。
だが、なぜかわからぬが、金馬師の音は残っている。
私も「道灌」は憶えたがこの金馬師の音で覚えた。
前座やら初心者は、クセのない人のもので覚えるのがよい。
いや、これはマストである。いくら聞いておもしろいと思っても
個性の強い人では覚えてはいけないと、志らく師にも教えられた。

金馬師というのは、書いている通り真似のできない個性があるのだが、
この「道灌」はかなりノーマルに演っているのである。
言葉もとてもはっきりしている。

プロでも今もこの金馬師の音で覚える人は多いのではなかろうか。
喬太郎師は音があるのだが、金馬師のもので覚えたように
聞こえる。
もし落語を覚えて演ってみたいという方がおられたら、金馬師の
「道灌」から始めていただくのをお勧めする。

さて、三代目三遊亭金馬師。
これ以外で挙げるとすると「雑排」などもわかりやすくて
よいと思うが、もう一席「金明竹」である。

これは、まだ私が志らく師の教えを受ける前に、無謀にも
金馬師の音を自己流で憶えて演ったことがある。
やっぱり金馬師の爆笑噺、演ってみたくなるのである。

金明竹」は骨董屋が舞台。「火炎太鼓」の道具やよりももう少し
高級そうな店。
登場人物は店の主人とお内儀(かみ)さん、その店の小僧で甥っ子の
与太郎。前半部分も爆笑なのだが、後半部分。
主人が出掛けた間に早口の関西弁の使いの男が現れ与太郎が対応する。
これが骨董の言い立てで、ほぼなにを言っているのかわからない。
これを与太郎がおもしろがって、なん度も言わせ、お内儀さんも出てくるが
やはり、まるっきりわからない。男は言い残して、帰ってしまう。
主人が帰ってきて、うろ覚えの滅茶苦茶の内容を伝えるという、
落語お決まりのおうむ返しで終わる。これが爆笑噺なのである。

「わてなぁ、中橋の加賀屋佐吉方から参じました。へい。
先途、仲買の弥一が取り次ぎました道具七品の内、祐乗、光乗、
宗乗三作の三所もん、、、」関西弁で骨董の専門用語が延々と続く。
これを繰り返す。

噺の構成そのものがかなりおもしろく、金馬師でなくとも、
誰が演ってもある程度笑いにはなる噺であろうとは思われる。
だがもちろん簡単ではない。

三代目三遊亭金馬師、こんなところでよろしかろうか。
とにもかくにも、昭和の落語家として、円生、志ん生文楽
加えて、独自の存在感を持ち、決して忘れてはいけない人である。

 

つづく