浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

断腸亭落語案内 その46 三遊亭金馬 藪入り

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三代目金馬師「藪入り」。

奉公に出ている子供が久方ぶりに家に帰ってくる噺。

“藪入り”というのは、商家などの奉公人が年に二回、
正月15日の小正月と7月15日のお盆に家に帰るために休みを
貰えるという習慣があった。

十歳程度で奉公に出され、年に二回しか休みがなかったというのは
今から考えれば、小さな子供にはかなり可哀そうなこと。

戦前、あるいは戦後しばらくは庶民では奉公という習慣、制度が
当たり前にあったわけだが私が思い出すのは三遊亭円朝古今亭志ん生
池波正太郎の三人。

円朝師は江戸末、志ん生師は明治、池波先生は昭和一桁、三人とも江戸・
東京だが時代は違う。共通するのは三人とも奉公に出され、すぐに
奉公先を逃げ出している。また三人ともまた別のところに奉公に出され、
逃げ出す(あるいは身体を壊すなど理由があって出る)を繰り返し
ている。落ち着くまでは転々とする。まあ、よくあることであった
のであろう。

金馬師は子供と親の小噺を混ぜて、比較的長い枕を振る。

奉公に出て、里心が付くといって、三年はこの藪入りにも帰して
貰えなかったと、金馬師は語る。
三年ほどたって、落ち着き、もう大丈夫だとなってから、という。

三年目に許しが出る。
子供もたのしみにしているが、これに輪をかけて親は待ち遠しい。

藪入りや なんにも言わず 泣き笑い

そんな句があった、と。

父「なーおっ母ぁ」
母「なんだい?」
父「野郎、よく辛抱したなー。」
母「ほんとだねー。奉公が辛いなんてんで、飛び出してはきやしないか
  って、いー心配していたよ。」
父「うん。やっぱり、俺のガキだけあんなー。」
母「お前さんは、いいことがあると、俺のガキだ、俺のガキだ、って
  わるいことがあると、おめーがわるい、おめーがわるい、って」
父「で、強情だよ。我慢強(づお)いところは俺に似てら。
  明日きたら、温(あった)けぇ飯だよ。」
母「わかってますよ。お冷(しや)なんか食べさせっこありませんよ。」
父「納豆(なっと)買っといてやんなよ。」
母「そー、あの子、納豆が好きでしたね。」
父「うん。海苔を焼いといてな。
  玉子炒っといてやんなよ。
  
  汁粉食わしてやりてぇなぁ。
  お供えくずしたろ、あいつ、下供えだけ?、
  うん。米びつぃ入(へぇ)ってる?。
  そいつー、こんがり焼いて汁粉食わしてやろう。

  そいから。魚や行って、刺身ぃ中トロんとこ、二人前(めえ)
  ばかりな。俺もご相伴にあずかるから。
  
  それからー、軍鶏を皮付きと、モツ混じりで買っといてやんなよ。
  
  うなぎが好きだったなぁ~。
  中串二人前ばかりよー。
  くずしちゃってよー、飯とまぶすんだよ。
  うなとと、って、喜んで食ったじゃねーか。

  天ぷらってなぁなぁ~。そこ行って食わねえと、うまかねえからなぁ~。
  揚げたてでねえとなぁ。

  鮨も好きなんだけど、ツケ台の前ぇ立って、あれだこれだって
  食うからうめえんだ。
  そいつは食いに連れてこうじゃねーか。

  あ、そいから、あいつは蓬莱豆(紅白の砂糖がけの豆菓子)が
  好きだった。うんと買っといてやれ。
  カステラとな。」
母「そんなに、食べさせりゃ、食傷してしまうよ!。」
父「なんでもいいから、うんと食わしてやれよ。」
母「食べずにいるわけじゃ、ありませんよ。」
父「食べずにいる、ってんじゃねえんだよ。
  オメエ奉公しねえから、知らねえだろ?。
  自分の好きなものが食えねえってんだよ。
  これをおあがりったら、はい、ってそれより食えねえじゃねぇかよ。
  子供の好きなもの知ってんのは、親たちだけだ。
  だから、うんと食わしてやろう、ってんだ。

  なーおっ母ぁ。」
母「少し、お寝なさいよ。
  なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って」

金馬師のこの“間”、独特なのである。
「うんと食わしてやろう、ってんだ。」
と次の「なーおっ母ぁ。」には普通であれば、話が替わり、ひと呼吸
以上の間を開けるはずなのだが、これをまったく間を開けず続けている。
つまり畳みかける。ただ、これは早口ではなく、言い立てのような感じ
ではない、通常の速さ。どちらかと言えば、淡々とした調子。
この後もこの調子が続くのだが、これがこの噺のポイントであり、
また金馬師らしいところで、実に上手い。

父「いーじゃねーか、一晩くらい寝なくたって。
  なん時だよ?。」
母「まだ、お前さん、二時ぐらいでしょ?!。」
父「昨日、今頃夜が明けたな。」
母「冗談いちゃぁいけないよー。」
父「明日がきたら、温けえ飯だよ。」
母「わかってますよー。」
父「湯ぃ連れてって、きれいにしたら、ほうぼう連れて歩こうと
  思うんだ。」
母「あー、そうしてやって下さいな。」
父「うん。
  赤坂の宮本さんとっからなぁ、大曲の梅嶋寄ってよー、本所の家行って、
  浅草からよぉ、品川の松本さん、婆さん子煩悩だからなー。
  喜ぶだろうと思うんだ。あすこまで行ったら品川の海を見せて
  やりたいなー、広々としたところをよー。
  羽田行って、穴守様お参りさしてやりてーなー。

  あすこまで行くんだからなー、川崎の大師様、厄除けんなるからなー。
  
  川崎ぃお参りさして、横浜、、たって別に見るとこぁねーなー。
  野毛、伊勢佐木町の通りだからなぁー。
  横須賀ぁも見るとこなくなっちゃった。
  江の島、鎌倉ってぇといいけどもなぁー、夏でなきゃぁなぁーー。
  冬は寒くっていけねえや。そのくれぃ入費(費用)掛けりゃー
  もうちっと、先ぃ伸(の)せるよ。
  静岡あたりぃ行ってなぁー。
  浅間様(富士浅間神社か)、吐月峰(とげっぽう)※、久能山
  豊橋から豊川(稲荷)さんお参りさしてやりてーなー。本社だからなぁー。

  んー、名古屋行って、金の鯱(しゃちほこ)見たら喜ぶだろーなー。
  関西線乗って、伊勢の山田行って大神宮様(伊勢神宮)お参りさして
  やりてーなー。内宮、外宮、神々しいところを見せてよー。
  四国ぃ渡って、讃岐の金毘羅さんから京、大阪周ってよ~。」
母「どこを連れて歩くつもりなの?。」
父「日本中、連れて歩くんだ。」
母「いつ?。」
父「明日一日で。」
母「なにを!?」
父「いや、歩けたら歩きてぇって話なんだよー。
  なーおっ母ぁ。」
母「うるさいねー、この人はぁー。おっ母売りに来たようだね~。
  なーおっ母ぁ、なーおっ母ぁ、って。」

 

 

※吐月峰(とげっぽう)
静岡市西部の丸子町にある山の名。連歌師宗長が、ここの竹林の竹で
灰吹きを作り、吐月峰と名づけたところから。(デジタル大辞泉

 

つづく