浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その36 桂文楽 心眼

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引き続き、文楽師「心眼」。

茅場町のお薬師様。
目を開けたいと、三、七、二十一日、満願の日。

梅喜、お賽銭を出して、祈る。

「へい。梅喜でございます。今日は満願の日ですよ。
 お薬師様ぁ!」

だが、開かない。
「お賽銭、毎日あげましたよ。
 タダ取り、ですか?。

 あ~。

 目が開かないんなら、一思いに、私を殺しちゃって下さい。」
  (大きな声。)

と、
 「おい。なにを言ってるんだ。
  おい、梅喜さんじゃないかい。
  なんだ、大きな声を、、
  おい!。」

  (肩を叩く)

梅「へい。
  どなた様です?。」

 「あ!、、、おい、お前、目が開いたね!。」

 (自分の両掌(てのひら)を見つめて。)

  え?!。

  あ!。

  へ~~~~、目が開きました!。

  目が開きましたが、、、あなたは、どなた様で?。」

上「いや~~、不思議なことがあるんだね~~。
  私は、馬道の上総屋だよ。」
梅「あ~、あなたが上総屋の旦那ですか。
  あなたは、そういう顔でしたか~。」
上「なんだい、そういう顔だ、てぇのは。

  人間の一心てぇのは、おそろしいものだね。
  
  もっともね、お前さんとこのお内儀さんがね、
  自分の寿命を縮めてもお前さんの目を直そうって、
  一生懸命信心をしたって、話しを聞いたが、
  夫婦の一念が届いたと見えるんだね~。

  この先も、信心を怠ったらいけないよ~。」

馬道の上総屋は、これから馬道の家に帰るという。
じゃあ、一緒に連れてって下さい、と梅喜。

目が見えない頃は、なんなく歩くことができたが、
目が開いたら、急にどこがどこだかわからなくなった、と。

上「は~、そんなもんかね~。」

 (お薬師様へ。
  パンパン、と手を叩く。)
 (当然、お薬師様はお寺である。文楽師は二回軽く柏手を打っている。
  手を叩くのは神社というのが今、うるさくいわれるが、以前はかなり
  いい加減であったのか。おそらくお寺側ではなく、神社の側の差別化
  戦略であろう。ともあれ。)

梅「ありがとう存じます。
  このご恩は決けっして忘れません。
  いずれお竹がお礼参りに参りに伺います。
  ありがとう存じます。

  (上を見上げて。)

  なんです、旦那これ?。」
上「これ、納め提灯だ。」
  (雷門にぶら下がっている、赤いあれ。)

二人、歩き始める。

  (梅喜、杖を突いている。)

旦那に指摘される。
梅「長いこと、クセになってるんですね~。
  旦那の前ですが、この杖てぇものにも、長いこと厄介に
  なりました。あたくしねー、これ、家にお祀りしたいと
  思います。

  あたくしはね~、うれしくって、うれしくってねー。
  早く帰りたいって。

と、急に、目の前を人力車が通る。
梅「あ~っと。(大きな声)
  あー、びっくりした。
  
  旦那、なんです?今、す~っと通った。」
上「あれは、お前、人力だよ。」
梅「あー、そーですか。
  あたくしどもの子供の時分にゃ、あんなものなかった。
  (生まれながらの盲人ではなく、子供の頃には見えていた、
   という設定。)
  よく家内がね、お前さん、車が危ないからって、出るたんびに
  そいってくれました。
  乗ってるのは女のようですね。」
上「芸者だよ。」
梅「あれが!。そーですか。
  あたくしにはわかりませんが、いー女のようですね。」
上「いい女って、東京でなんのなにがしって、一流の、指折りの
  芸者だよ。」
梅「あれが。そーですかねー。
  旦那ねー、つかぬことを伺いますがね、あたくしどものお竹ね、
  お竹と、今の芸者とどっちがいい女ですかね?。」
上「オイオイ!。ヘンなこと聞いちゃ困るよ。
  つもっても知れそうなもんじゃないか。」
梅「そいじゃ、なんですか?。私共のお竹の方が、いくらかまずぅ
  ございますか?。」
上「おい!、図々しいこと言っちゃいけない。
  今の芸者は、東京で指折りの芸者だ。
  お前さんとこのお竹さんは、、、
  お前さんの前では、言いにくいけど、東京でなん人という指折りの
  まずい女だ。」
梅「そんなに私共のお竹はまずぅござんすか?」
上「人の悪口に“人三、化け七(にんさん、ばけしち)”なんてぇことを
  言うだろ。ホントのこと言うと、お前さんには悪いけど“人なし、
  化け十”と言って、人間の方に籍が遠いんだ。」
梅「“人なし、化け十”ですか~。そーですかねー。
  へ~~。知らないってぇのは、しょーがない。長いこと夫婦に
  なってたんだから、、、。
  旦那の前でござんすが、みっとものうござんすねー。」
上「おい!。
  ふざけちゃいけない。人は目より腹、心。
  いくら顔かたちがよくたって、心立てが悪かったひにゃ、なんにも
  ならない。
  お前さんとこのお竹さんは、心立てから言ったら、東京はおろか、
  日本になん人といって指を折ってもいいくらいのもんだ。
  実に聞いてるけど貞女なもんだ。お前さん一人に稼がせちゃすまない。
  夜、寝る目も寝ずに、仕事をしてお前さんの手助けをする。
  第一、お前さんに※ツルを返したてえことがない、てえじゃないか。」


※「ツルを返したてえことがない。」
この部分、このように聞こえる。「ツルを返す」は文脈上、口答えをする
という意味であろうと思われる。ツルは弓の弦であろうか。辞書を引いても
この言葉は発見できなかった。

 

つづく