浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



断腸亭落語案内 その18 古今亭志ん生 らくだ

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引き続き、志ん生師「らくだ」。

フグにあたって死んでしまったらくだの家。
兄弟分の丁の目の半次というのがきて、葬式を出してやろうと思うが
こいつも博打で取られて一文無し。好都合に屑やがきてなにか
買わそうとするが、らくだの家財はすべて過去に屑やにも見放された
ものばかり。

帰ろうとする屑やを止めて、月番のところに行ってこいという。
月番というのは、長屋で月毎に回り持ちで雑用をする役割。

屑やは「年を取ったお袋に女房があって子供二人。今、仕事に
出たばかりで、釜のふたが開かない(食えない)」から勘弁してくれ
というが、脅して、行かせる。

指令は「長屋には祝儀、不祝儀の付き合いはあるだろう、らくだの
香典集めて持ってこい」「出すの出さねえのいったらな、俺が出て
いって、ものが面倒になる、と、そ(う)いいな」。
(江戸弁では「そういいな」の「う」が落ち「そいいいな」になる
ことがある。志ん生師はこの傾向が強い。また「そいう」はこれだけで
店屋物を取るときなど「そばやにそいう」などの使われ方もあった。)

「ナマジ品物で持ってこられても困るから、生(ナマ、現金)で持ってこい」
というのが入ることがある。

さらに「手前(てめえ)は、ずらかる憂いがある」からと、屑やの商売道具の
篭を取り上げる。(ここは、秤と風呂敷のこともある。)

屑や、ぶつぶつ言いながら月番のことろへ。

屑「月番は、あーたですか?」
月「はい、あたし。なに?」
屑「あのー、らくださんがねえ、、」
月「あー、とっ、と。
  らくだのことで、持ってきたってだめだよ。
  あいつに関わるのがいけないんだからね。」
屑「いえ、らくださんが死んだんですよ。」
月「え?、らくだがまいっちゃった?ホントか?!おい。
  ホントに死んだ!?そんなこといって、人を喜ばせて、、
  ホントかい?!」
屑「本当にまいっちゃった」
月「生き返んないか?そうじゃねえよ、あいつぁ、ずうずうしいから
  生き返ってくるよ。頭よく潰しといたらどうだ。」
屑「もうダイジョブですよ。フグにあたっちゃったんです。」
月「へー、フグに。そーかい。そいで、なんだってんだい?」
屑「その、兄弟分ってのがきてましてね、長屋には付き合いがあるだろ
  香典集めて持ってきてくれって」
月「冗談いっちゃぁいけないよ、お前(まい)さん。」

らくだはとにかくひどい奴で、そういう付き合いは、している奴なら
出すが、一度だって払ったことはない。端(はな)取りにいくが、
今ない、という。立て替えといてやって、後で取りにいくと、
細かいのがねえ、という。大きいのでもいいというと、細かいのが
ねえんだから、大きいのがあるわけねえ、と。
野郎、付き合いなんかしたことねえ。だから、だめだ。

屑「だめだ、っていうと、俺が出てく、って、俺が出てくと、めんど
  くせえぞ、っていってました。そのまた、らくだの兄弟分ってのが
  凄いんです。顔中傷だらけですよ。もう、傷の取締りみたいな
  顔してる。それがあんた、きますよ。よこざんすか?」
月「やだなぁ。困んな。じゃね、長屋歩いてみるよ。らくだが死んだの
  そいって。喜んで、強飯(こわめし)蒸(ふ)かすとこ、蒸か
  さねえで、いくらか下さいって。んで、持ってくよ。」

屑や、らくだの家に戻る。すると、さらなる指令。屑や、やっぱり「釜のふた
があかない」と抵抗するがおんなじことなん度もいわすなと、またまた脅され、

半「大家んとこ行ってくんねえか。
  野郎の死んだことそいってな、今夜、通夜すんだ。大家さんには
  くるにはおよびません、って。
  店子の者は寂しいんで、酒のいいのを三升(さんじょう)、わるいと
  明日の仕事にさわるといけねえから。それから、煮しめ。こんにゃく
  だの豆腐だの、芋だの甘辛くうまく煮てな、大きな皿で届けて
  くれって。」
屑「いいですか、そんなこといって」
半「いいんだよ。お前(めえ)は俺に言われた通り、向こうへ行って
  口をパクパク動(いご)かしゃいいんだよ!。
  で、よこすのよこさねえの、っていったらな、いらねえ、って
  いいな。いいか。
  その代わりに死骸のやり場がねえから、大家んさんとこへらくだ
  の死骸担ぎ込んできて、ついでに“かんかんのう”を踊らすって、
  そいえ。」
  
頼むものは談志家元などはさらに、にぎりめし三升、というのが入る。
また志ん生師は入れていないが「大家といえば親も同然、店子といえば
子も同然。親子の間柄だ、遠慮のねえところをいわしてもらう」これも談志。
あるいは屑やの「大家さんは名代のしみったれですから、そんなこと聞く
わけがありませんよ」というのも入る。
“かんかんのう”というのは文政頃からある俗謡。唄と踊り。

屑「大家さんいます?」
大「はいはい。なんだい!。あー、屑やさんか。今日はなかったなぁー。
  今日はなんにもないよ。」
屑「いえ、屑じゃないんですよ。」
大「んー?」
屑「あのー、らくださん、、」
大「あー、いけないよー。
  また、らくだのことで持ってくる。あいつに関わりあっちゃ
  いけねえんだよ。」
屑「いえ、死んだんですよ。」
大「らくだが?
  えー?どうして?
  フグにあたって?、ホントかい。
  そーかい!。
  おい、婆さん、らくだが死んだとよ。
  ありがてえなぁ。フグがまたよくあててくれたよ、あいつを。
  フグを祀るよ、俺んとこで。
  で、どうしたの?」
屑「ええ、兄弟分ってのがいましてね」
大「ろくな野郎じゃないよ。」
屑「ええ。で、今夜通夜をするんだそうで」
大「なんでもするがいいやな。」
屑「大家さんにはくるにはおよびません、と」
大「誰が行くやつあるもんか!」
屑「店子の者が寂しいっていうんですよ。これ、あたしがいうんじゃ
  ないですよ。ね。酒のいいのを三升、わるいと明日の仕事にさわると
  けないから。そいから、大きな皿に煮しめ。こんにゃく、豆腐、芋
  だの甘辛くうまく煮て、持ってきてほしい、って。」
大「お前(まい)さんいくつだい。
  いい年をして、そんなこと請け合ってくる奴があるかよ。
  そりゃあねえ、大家といえば親も同然だ、店子の世話もしたいね。
  あいつが店子らしいことしたかよ。
  あそこの家入って、四年になるよ。一文だって家賃入れやしない。
  催促に行くと「ねえ。」って。
  だから、こないだ、俺ぁ、上がり込んでね、他の店子にもしめしが
  つかねえから家賃払うか、ここを出てくかどっちかにしろって言った
  んだ。んだら、どっちもできねえ。脇い家を一軒こしらえろって。
  そしたら出て行ってやる、って。
  今日は俺もここを動かねえから、っていってやったんだ。
  そいだら、きっと動きませんね、って念を押しゃがる。
  んで、スーッとあの大きな図体で立ちゃぁがって、戸棚をごそごそ
  やってたよ。、、なんだろ、って後ろを向いてよかったよ。
  こんな太いこんな長い鉄の棒を持ってな、これでも動かねえか、って。
  あたしゃ、あれでやられりゃ、まいっちゃう。
  転がるようにして、逃げだしたよ。
  んで、買いたての下駄、あそこの家に置いてきちゃったよ。
  それ、あいつぁ、履きゃぁがって、家の前を湯へ行くんだからね。

  死んだもなあ、しょうがねえ。四年の家賃を、香典代わりに棒引きに
  してやるから。酒だの肴だの、できないよ。」
屑「そーすか。
  と、少しめんどくさいことになるんで。」
大「なにがめんどくさいんだ」
屑「死骸のやり場がないから、死人(しびと)を大家さんとこへ担ぎ
  込んできてね、かんかんのうを踊らせる、って。」
大「なにお!、そんなことで驚くか。俺ぁ、生まれてこの方、死人が
  かんかんのうを踊ったのを見たことがねえ。踊らせろ!、って、
  帰ってその野郎に、そいえ!」
(屑やに大家が塩をぶっかける、というのもある。)

 

つづく