浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

新宿メトロ食堂街・永坂更科

11月4日(金)第一食


金曜日、休みを取って、4連休。


とはいっても今日は、切れかかっていた
アレルギーの薬をもらいに五反田へ職場が変わったので
普段なかなか行けない、市谷にある会社の診療所へ。


13時半終了。


ついでなので、大江戸線に乗って新宿へ。


なにかというと、新宿の[永坂更科]である。


[永坂更科]といえばいわずと知れた、老舗蕎麦や。
麻布の永坂にある。


創業は寛政の初めの頃といい、東京の蕎麦やで
同じ暖簾、屋号で商売をしているところとすれば
おそらく最古、ではなかろうか。


意外に蕎麦やも、そこまで長く続いているところは
ないのである。


試みに他の古そうなところを調べてみようか。


まずは藪蕎麦。
ご存知の神田[藪]が総本家だが、ここが藪蕎麦の
創業の店ではなく、雑司ヶ谷鬼子母神近くにあったのが
元祖といい、この店はもうない。
その流れを汲むという神田の創業は明治13年1880年)。


次に砂場。
砂場の暖簾も古いが、元祖は麹町にあったというが、
この店も続いておらず、室町[砂場]が最古のようで、
ここは幕末慶応年間。やはり古そうだが、意外に
明治5年(1872年)創業というのが虎ノ門[砂場]。


うなぎやなどは江戸創業が少なくないが、
蕎麦やではほとんどない、というのは、
蕎麦というものの単価の安さ、ということであろうか。


たた、この[永坂更科]の暖簾も昭和初期に
売りに出て、今の経営はその時に暖簾を買った家。
創業家はその後蕎麦やを再興し、麻生十番に[更科堀井]
という屋号で今もある。


食いものやを100年、200年と長く続ける、
というのは、やはり難しいものである。


さて、その[永坂更科]の方の出店(でみせ)が
新宿にある。


どこかというと、西口のメトロ食堂街。
と、いってもなかなかピンとこないかもしれぬ。


西口の小田急デパートの北側丸ノ内線の方の
一階。


いや、メトロ食堂街の表記では地下一階。
JRの新宿西口改札からそのまま丸ノ内線の方に
歩いてきて、小田急デパートをすぎて、
一階分上にあがったところが、メトロ食堂街である。


JRの西口改札というのは一階と思いがちだが、
ここは地下一階。
(そう。JR西口というのは一階に改札がないのである。
ついでだが、東口も地上には改札はない。)


そこからそのまま歩いて一階分あがるのだから
一階(地上階)と思うのだが、なんだかずれていて
まだ地下で、地下一階。
(ということは、メトロ食堂街の丸ノ内線の改札のある階は
地下二階ということになっているのである。)


まあ、そんなことはどうでもいいか。


そのメトロ食堂街なる場所。
ここも古い。だいたい“食堂街”という名前を
今でも使っているのはその証拠であろう。
なんと今年開業50周年。


入っているのが[肉の万世]、天ぷらの新宿[つな八]、
新橋[しのだ寿司]、新宿の[追分だんご]、同じくフルーツパーラーの
[タカノ]などなど。やはり“昭和”っぽいラインナップと
いってよいだろう。


このメトロ食堂街[永坂更科]にはなぜか、立ち喰いのコーナーがある。
(むろん座って食べられるスペースもあるのだが。)


値段は安くはないが、路麺といってもよいかもしぬ。


ここの豚肉のかき揚げがのった温かい蕎麦、
これがここにくる目的。


少し前からどうしてもこの豚肉のかき揚げというのが
食べたかったのである。


東京の路麺=独立系立ち喰いそば、にはかなり
不思議なものがある。
いわくコロッケそば、魚肉ソーセージを
天ぷらに揚げたソーセージ天そば、、。
だが、かき揚げに豚肉を入れたものは、見たことがない。
ここだけのものではなかろうか。
だいたいにおいて、かき揚げ天ぷらに豚肉を入れようとは
誰も考えまい。
元々まかないのメニューであったのか、わからぬが、
出店の立ち喰いコーナーとはいえ、老舗蕎麦やにあるのは
かなり謎である。


これがその、豚かき揚げ天そば。



まあ、見た目にはわからないが、豚肉、それも
スライスではなく、ちょっと大きめの角切りで
入っているのである。


これが、うまい。


むろん、B級ではある。
それで、ここは路麺といってよいようにも
思われる。


他の路麺も真似をしてもよさそうだが、やはり見ない。


ん!。
そうである。


これ、きっと、天ぬきにしてもよさそうである。
この豚かき揚げがつゆに浸ったもので酒を呑む。


これもうまそうである。







新宿メトロ食堂街・永坂更科