浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



鯛兜煮

dancyotei2015-06-24



6月22日(月)夜



月曜日。



今日も吉池に寄ってみることにした。


ちょっと食べすぎぎみで、やっぱりめかぶでも買おうかと
思ったのである。


7時台。
もうやはり片付け始めている。


売場を見ていくと、、、、


ん!。


鯛の、頭がある。
それも特大。30cmくらいはあろうか。
国産、天然としてある。


頭だけでこれだけの大きさである。
全体ではどのくらいなのか。
身の方は刺身用になったのであろうが、天然ものでこの大きさ、
一本だとさぞかし値も張るであろう。


頭の定価は¥900だが、半額。
(なにかいつも値下げ品ばかり狙って買っているようだが。)


鯛の頭とくれば、塩焼というのもあるが、
やはり甘辛く煮る、兜煮であろう。
魅力的である。


二つあって、産地違いのようだが、赤い色がきれいな方に
してみようか。
(めかぶはどこへやら。)


帰宅。


鯛というのはよく考えると、特殊な魚ではあるまいか。
正直のところ私などには子供の頃からあまり縁はない。


尾頭付きの代表。
お祝いといえば鯛、以外はない。


なぜ鯛なのか?。
不思議には思われまいか。


民俗学でいうところの儀礼用の魚、正月に食べる魚は
東日本は鮭で西日本は鰤で、鯛ではない。


むろん、白身の魚で、刺身でも、焼いても、煮ても、うまい。


それだけではなく、おめでたい赤い色とちょっとずんぐりとした
風格のある立派な姿はまさに魚の王者といえよう。


鯛をことの他珍重するのは、
武士の時代の習慣であったのであろう。
落語に「桜鯛(さくらだい)」という小噺かあるが
あれもお殿様の食膳である。


地方によっては鯛が獲れないところもあるだろう。


たがやはり全国的に祝いの魚は鯛と大方は決まっている。


確か、鯛は徳川家康の好物であったはずである。


徳川家はご存知の通り、三河の出身。
従って、普代大名、旗本の多くもも三河地方が故郷。


もう少し広げても、加賀百万石の前田家も元は
織田家の家臣で尾張出身。その他、備前岡山、
因州鳥取の池田家、芸州広島浅野家なども同様。
多くが尾張、美濃あたり。彼らの家臣も然りであろう。


つまり三河から尾張、美濃あたりのまでの武士の習俗が
江戸期の武士の基本的な習慣になっていったところが
大きいのではなかろうか。


で、その三河尾張の武士の習慣が全国に広まり、
フォーマルな祝い魚として定着した。
むろん私の仮説である。


閑話休題


これがその全貌。



鹿児島産、天然。


むろん、半分に割ったもの。


これだけ大きいものは頭だけとはいえ、初めて。
扱うのもたいへんである。


煮魚なので、霜降り用に薬缶で湯を沸かす。


吉池でおろされた時に、ある程度、鱗(うろこ)は取られている。
しかし、取り残しは多く、鱗取りで取る。


鱗も大きい。1cm程度のものもある。


沸騰したら熱湯を表裏、頭にかける。


冷水で身を崩さぬように慎重に洗う。


大きな平底鍋に入れる。
め一杯、で、ある。


水、酒、しょうゆ、砂糖。
例によって、濃い甘辛。






一度煮立てて、アルミホイルの落としぶたをして、弱火。
タイマーをかけて6分測る。


煮えたところで、鯛は皿へ。
煮汁もたっぷり。




(ちょっと目が怖い。)


ビールを開けて食べる。


ん?!。


ちょっと、煮る時間が足らなかったか。


いや、時間ではなく、あまりに大きくて、煮汁の水位が低く、
煮えなかった!?。


ただ、生ではない。火はちゃんと通っている。
煮汁に浸っている部分が少なかったといった方がよいか。


ただ、これでも十二分に食べられるし、
いや、むしろ、うまいかもしれぬ。


これだけ大きいと、頭だけだが、食べるところは
たくさん。


まあまあであったか。