浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)
断腸亭料理日記本店
 

豆富料理 根岸 笹乃雪 その2

dancyotei2015-02-09



引き続き、根岸の[笹乃雪]。



[笹乃雪]という豆腐料理専門店が
なぜ今の場所にあるのか。


それには江戸時代の上野の山に
大いに関係があったことを書いた。


その上、根岸ということろは今の街並みからは
とても想像ができないが、駅名の鶯谷からも
察せられるのだが、鶯の鳴く里で、
実に風雅なところであったのである。


むろんここだけではないが、東京という都市が
147年前の明治元年を起点に大変貌を遂げていること示す、
恰好の例といってよいかもしれない。


今、鶯谷駅前にはラブホテルが林立し、
その向こう側は言問通りがあって[笹乃雪]は
その少し先。


周囲は立て込んだ下町の住宅地である。


江戸の頃は、昨日も書いたように上野の宮様の
普段のお住まいもあって、江戸の郊外、音無川という
小川が流れ田畑もあり、そこに樹木もあって
それに隠れるように点々と、裕福な商家や武家の寮、
いわゆる別荘、隠居所が点在していたのであった。


例えば、あの、江戸琳派の大立者にして、姫路藩酒井雅楽頭家
という譜代名門の生まれの画家酒井抱一も根岸に庵を
結んでいた。


明治になり、上野の山は寛永寺が焼かれた後、
今もある洋食やではあるが、かの鹿鳴館ができるまでの
列強公使などを接待する役割を果たしていた[精養軒]ができ、
また、文明開化の象徴である内国博覧会が開かれ、
大変貌を遂げさせられた。


しかし、こちら根岸はそう急には変わらなかったようである。


旧加賀百万石の前田侯爵邸をはじめ、
華族などの邸宅、別邸もぽつぽつとあった。


俳人正岡子規明治27年にそんな風雅な趣を残す
この地に移り住み、明治35年に亡くなるまでの
日々をすごし、数多くの俳句を残している。
(従って、子規の句にはこの根岸界隈を題材にしたものが
たくさんある。)


この町が大きく変わったのは明治末から大正の頃
といってよいのであろう。


前にも書いているので引用してしまおう。


鶯谷という駅は明治45年の開業でおそらく
この前後が境なのであろう。
この風雅な里は、根岸の花柳界、芸者さんのいる
三業地になる。


大正11年の数字では、料理屋23軒、待合17軒、
芸者置屋35軒と、東京の花柳界として、規模とすれば
押しも押されもせぬ存在になっていたようである。
(「花街」加藤正洋氏、より)


この根岸花柳界の名残というのか、
当時の料理やなどが移り変わった姿が鶯谷駅前に今あり
山手線からも見えるラブホテル群。」


花柳界といえば、多少よさげに聞こえるかもしれぬが
京の花街は皆さんがイメージされるであろう、
例えば伝統文化の匂いのする京都の祇園などとは
随分と違うと思っていただいた方が正しい姿だと
思われる。元祖断腸亭・永井荷風先生の「つゆのあとさき」
などを読むと当時の芸者、カフェーの女給といったお姐さん達の
様子がよくわかる。今でいえばキャバ嬢?。そんな感じであろうか。


その上、手元の資料(「全国花街めぐり」昭和4年)によれば
当時最高級であった、例えば新橋だったり柳橋
「一等地」で、根岸は郊外にある新興の花街で「五等地」
という扱いである。玉代(ぎょくだい、芸者さんを
呼ぶ費用)なども都心の花街とは随分と差があったようである。


これに加えて、周囲が下町であったというのも
もしかするとその後、戦後の根岸、あるいは鶯谷駅前の
行く末に関係があったのかもしれない。


下町というのは、雑多な人々が混在するところである。
それがよさ、ではあるのだが、、。


駅からは少し離れるが、根岸には今も洋食やの名店
[香味屋]がある。[香味屋]は大正の創業。
これもこのあたりが花柳界であったことの名残の一つと
いってよろしかろう。


まったくもって、変化の激しい町である。


郊外で風雅であったが故に、明治以降時代が経つと
周囲の市街地化が進み、逆に、都心と比べれば
ある種、場末のようなポジションになってしまった
のではなかろうか。


同じことは、江戸の頃は隅田川沿いの風流で
江戸でも指折りの高級料亭があった向島にもあてはまるようである。
先の昭和初期の花街の等級では向島は「四等地」あるいは
「五等地」の扱い。皮肉なものではある。


今の鶯谷、根岸がどうしてこうなっているのか
まったくわからなくなっている。
まあ、もっともあまり詳細に説明しずらい
歴史ではあるが。


そういったこともみんなひっくるめて、
根岸であり、鶯谷、ということであろう。
(いいもわるいもない。これが歴史ということである。)


前置きが長くなってしまった。[笹乃雪]であった。





特段の予約もせずに6時半頃到着。


入ると下足番のお爺さんがいて、
札をもらってあがる。


左側に帳場があり、その奥の右が席。


以前は、小上がりのような座敷であったように思うが
久しぶりにきてみると、テーブル席になっていた。


あいていた奥の席に案内される。


やっぱりお燗の酒であろう。


コースもあるが、単品で頼もう。


ここの名物はあんかけ豆腐。
それから、お目当ての湯豆腐。
刺身湯葉卯の花、飛龍頭(ひりゅうず、がんもどきのこと)。
この辺は豆腐尽くし。
忘れてはいけないのは、焼鳥。
ここでは豆腐以外に焼鳥も自慢にしている。
なんだか、居酒屋状態。


あんかけ豆腐から。






明日もつづく




笹乃雪