浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



神田須田町・あんこう鍋・いせ源 その2

引き続き、12月6日(日)夜。



神田須田町の[いせ源]。



玄関で準備が整うのを待って、上がる。


この時、下足札をぴかぴか禿げ頭の親爺さんから受け取る。
この下足札には番号が書いてある。
上がってお膳の上に置いておいて、この番号に
今風にいえば、チャージされる。


そして、この札で帰る時に、この店では帳場で勘定をし、
また、下足で靴を受け取る、という仕組み。
以前はどこの食いものやでもそうだったと思うのだが、
残っているのはわずかである。


多くは個室ではなく入れ込みといって、大部屋でお客を
さばく店。やはりそこそこ以上の客の入る店ということ
で、あろう。(蕎麦やなどではこの仕組みはほとんどない。)


今、思い出すのはここ以外では駒形[どぜう]、南千住のうなぎや
[尾花]あたり。


子供の頃にはもっと残っていたような気がするが、
こういうものも風情であろう。


二階にあがり、すぐの部屋。





寒いが、やっぱり一杯目はビール。


注文は、鍋二人前。あんこう鍋一人前3,500円也。





お通しは子持ち昆布


ここには8,500円からのコースもある。


鍋に加えて肝、煮こごり、から揚げ、とも和え、
お新香、おじやが付く。


まあ、試しに鍋以外も食べてみるのはよいかもしれぬが、
私の場合は、別段なくてもよいので、いつも鍋のみ。


鍋はすぐにくる。





入っているものは、あんこうの身と、あんきも、
それに三つ葉、白いうど、椎茸、きぬさや、銀杏、
焼豆腐、白滝など。


うどというものが鍋に入るのは、珍しい。
そして、そのうども、山うどではなく、東京多摩の名物
白いうど。
江戸野菜といってよいのであろう。


江戸時代に栽培が始まり、今でも立川、国分寺、小平といった
多摩地区の農家で作られている。


ご存知の方もあろうが、畑の地下に室を掘ってもやしのように
暗闇で育てたもの。


つゆは比較的濃いめの甘辛。


濃いめの甘辛といっても、すき焼きまでは
いかない、ある程度つゆ、と呼べるもの。


燗酒に換える。





あんこうも含めて火は通っているので、温まったら
食べられる。





あんこう鍋というと、関東地方では常磐沖で獲れ
茨城県水戸や大洗といったあたりの名物で、あちらでは
肝をつゆに溶いて味噌味などに仕立てる。


ここのものはきりっと、江戸前の味といえるか。


あんこうは身はプリプリ。
皮も残らず入れているが、これがまたこりこり、
しこしこでうまい。


このあとおじやにするのだが、若い頃は
鍋のお替りを頼んだこともあったと思うが、
これで十分。


それから、白滝がうまい。
ここのものは、極細、なのである。
うちの内儀(かみ)さんなどは、なぜだかこの白滝が
好物で、特にこの極細が気に入っている。


食べ終わり、お新香とおじやを頼む。





梅酢で漬けた山芋がうまい。


おじやを頼むと、お姐さんがきて、ご飯と割り下を鍋に入れていく。


そして頃合いを見て、玉子を割りほぐしていく。


ここでお客は手を出すと、怒られるのが昔からのこの店の
お約束。じっと見ていればよい。


今日は、お姐さん達が忙しそうに立ち働いていたので、
試みに、手を出してみたら、どこで見ていたのか、
駆けつけてきて、見事に怒られてしまった。


結局、ご飯を入れた時点でかき混ぜるとぬめりが出るから。
玉子を入れてからもかき混ぜない。
これは玉子をふんわりと仕上げるため。
これら和食ではセオリーとしていわれていること。
むろんのこと、理由がないことではない、のである。


よく怒られるので、愛想がわるいという印象を
私などもこの店に正直のところ、持っていたのだが、
忙しそうにしていても、見るところは見ていたのには、
関心をした。
逆に、目ざとく見つけて怒るということをしなくなったら
この店も注意をしなければいけない、ということかもしれない。


おじやができた。






甘辛でちょっと濃いめ。



最近は、鍋の後のコレを東京でも雑炊ということが
多くなったように思うが、東京では、やはりおじや、
というのがもともとであろう。


雑炊の方が煮込まない、おじやの方がより長く煮込む、
なんという人もいるが、単に東の言葉、西の言葉の違いであろう。


満腹、満腹。


うまかった、うまかった。


階下の帳場でお勘定。


今日は、若旦那。


ご馳走様でした。


今日などもお客さんは、年配の人もいるが、
意外に、20代と見えるような若いグループ、
カップルもいた。


若い人がこの店にきてくれるというのは、
うれしいこと。


いつまでも「このままで」続けてほしい。
神田須田町あんこう鍋[いせ源]で、ある。








いせ源