浅草在住、断腸亭錠志の断腸亭料理日記はてな版です。(内容は本店と同じです。)

断腸亭料理日記本店



浅草・並木藪蕎麦・鴨なんばん

12月19日(水)夜



今日も栃木からの帰宅。



浅草に着いて、スペーシアを降りる。



6時すぎ。



よし、これならまた[並木藪]に行ける時間、で、ある。



冷たい雨が降っている。



傘を乗った駅に忘れてきてしまったことに
気が付いた。


エスカレーターを降りてキオスクでビニール傘を買う。
まったくもって、ビニール傘ばかりがたまっていく。


もう真っ暗。


雷門の前を曲がって[並木藪]へ。


まわりが暗い中で、藪蕎麦の店だけ明るく見える。


暖簾をくぐって、硝子格子を開けて入る。


お!。


雨だからであろうか、
珍しくお客はなし。


今日はテーブルの席へ。


座るといつものように、新聞が置かれる。


お酒、お燗をもらって、なにを頼むか、今日は、
ここまでくる間に、決めていた。


なにかというと、鴨なんばん。


毎度書いているが、ここは池波レシピ。


私がいつもここへきて頼むのは、天ぬきなのだが、
池波先生は、鴨なんばんのことを書かれている。


ちょいと、引用をお許しを。



『初冬の、鴨なんばんが出はじめるころの、平日の午後の



浅草へ行き、ちょっと客足の絶えた時間の、並木の[藪]の



入れ込みへすわって、ゆっくりと酒をのむ気分はたまらなく



よい。



 その店構え、飾り気がなくて清潔な店内、むかしの東京を



しのばせる蕎麦道具。ここでは決して、民芸趣味の、まっ黒で



大きな器を使ったりしない。あんな器に入った蕎麦は、私は



食べる気が消えてしまう。



 そして、女中たちの接待もまた、ここは、むかしの東京を



偲(しの)ばせるに足る。』



「散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)」






東京でもあるが、浅草育ちの先生は
民芸趣味はどうもおきらいだったようである。


民芸は、野暮、か。


毎度書いているが、私はここの器などの飾り気のなさ、
潔さが好きである。この前書いた通り、建て替えられた店舗も
まったく以前と変わらない。


お姐さん達の応対も、今ある、神田、池之端、並木の
三藪のなかでも、最も並木がよいのではなかろうか。


そして。


寒くなる頃、まさに今が、鴨なんばんの季節。


先にも書いたが、ここへくると、好きな天ぬきを
頼んでしまうので、意外に鴨なんは食べた記憶が少ない、
かもしれない。


また、並木よりも池の端の方が多いと思うが、なぜだか
鴨であれば、なんばんよりも、鴨せいろを頼んでしまう。


お酒がきた。





真っ白な一合徳利と、同じく真っ白な口の広がった猪口に、
ほんの小さな丸い皿にのった蕎麦味噌。
箸袋も箸置きもなく、そのまま置かれた割り箸。
まったく、素っ気ないほど、シンプル。


ぽつぽつ呑みながら待つ。


特に他に肴は頼まなかったので、鴨なんもきた。





鴨肉をつまみながら、残りの酒を呑む。



鴨肉は三枚。


ちょうどよくレアに火が通されている。


鴨肉というのは、ご存知の通り、すぐに硬くなるので
肉の部分は半生で加熱をやめなければならない。


このため、脂身だけ別に先に入れ、つゆに脂を出しておく。
気を使っているところでは、こうしている。


ここも、脂身だけ別に入っている。


それから、鴨肉のつくね団子も。


そばがまた、ほっかほかで、腹に染み渡る。



やはりこの季節、鴨なんばんは、こたえられない。



並木名物の濃いつゆ。
これ以上でもこれ以下でもない、必要十分な鴨なんばんそば。


あ〜、温まった、



うまかった、うまかった。



勘定をし「ありがとうございま〜す」
の声に送られて、出る。



ご馳走様でした。






03-3841-1340
台東区雷門2丁目11−9